二
可児才蔵も呂宋兵衛も、また、丹羽昌仙も、おもわず床几《しようぎ》を立って、
「あッ」
と、櫓《やぐら》の三方へ身をさけた。
とたんに、空から降《ふ》ってきた怪火のかたまりが、音をたててそこにくだけたのである。
たおれた壺《つぼ》の酒が、望楼《ぼうろう》の上からザッとこぼれ、花火のような火の粉《こ》がまい散った。
「ふしぎ——どこから落ちてきたのであろう」
「昌仙《しようせん》昌仙、早くふみ消さぬと望楼《ぼうろう》へ燃えうつる」
「お、こりゃ松明《たいまつ》じゃ」
「え、松明?」
三人は唖然《あぜん》とした。
いくら天変地異《てんぺんちい》でも、空から火のついた松明が降ってくるはずはない、あろう道理はないのである。もし、あるとすれば世のなかにこれほどぶっそうな話はない。
しかし、事実はどこまでも事実で、瞬間《しゆんかん》ののち、またもや同じような怪焔《かいえん》が、こんどは籾蔵《もみぐら》へおち、つづいて外廓《そとぐるわ》、獣油《じゆうゆ》小屋など、よりによって危険なところへばかり落ちてくる。
「火が降る、火が降る」
「それ、あすこへついた」
「そこのをふみ消せ、ふしぎだ、ふしぎだ」
城中のさわぎは鼎《かなえ》のわくようである。ある者は屋根にのぼり、ある者は水をはこんでいる。
なかでも、気転《きてん》のきいたものがあって、闇使《やみづか》いの龕燈《がんどう》をあつめ、十四、五人が一ところによって、明かりを空へむけてみた結果、はじめて、そこに、おどろくべき敵のあることを知った。
かれらの目には、なんというはんだんもつかなかったが、地上から明かりをむけたせつな、かつて、話にきいたこともない怪鳥《けちよう》が、虚空《こくう》に風をよんで舞《ま》ったのが、チラと見えた。
それは鷲《わし》の背をかりて、白旗《しらはた》の森《もり》をとびだした竹童《ちくどう》なることは、いうまでもない。
鞍馬《くらま》そだちの竹童も、こよいは一世一代《いつせいちだい》のはなれわざだ。果心居士《かしんこじ》うつしの浮体《ふたい》の法で、ピタリと、クロの翼《つばさ》の根へへばりつき、両端《りようはし》へ火をつけた松明《たいまつ》をバラバラおとす。火先はさんらんと縞目《しまめ》の筋《すじ》をえがいて、人穴城《ひとあなじよう》へそそぎ、三千の野武士《のぶし》の巣を、たちまち大こんらんにおとし入れてしまった。
「ああ、いけねえ」
と、その時、ふと、つぶやいた竹童。
空はくらいが、地上は明るい。人穴城のなかで、右往左往《うおうさおう》している態《さま》を見おろしながら、
「こっちで投げる松明を、そうがかりで、消されてしまっちゃ、なんにもならない。オヤ、もうあと四、五本しかないぞ」
なに思ったか、クロの襟頸《えりくび》をかるくたたいて、スーと下へ舞いおりてきた。いくら大胆《だいたん》な竹童《ちくどう》でも、まさか人穴城《ひとあなじよう》のなかへはいるまいと思っていると、あんのじょう、れいの望楼《ぼうろう》の張出《はりだ》し——さっき呂宋兵衛《るそんべえ》たちのいたところから、また一段たかい太鼓櫓《たいこやぐら》の屋根へかるくとまった。
クロをそこへ止《とま》らせておいて、竹童は、残りの松明《たいまつ》を背負《せお》って、スルスルと望楼台へ下りてきた。もうそこにはだれもいない、呂宋兵衛も昌仙《しようせん》も才蔵《さいぞう》も、下のさわぎにおどろいて降《お》りていったものと見える。
「しめた」
竹童は、五つ六つある階段を、むちゅうでかけおりた。
そこは、七門の扉《とびら》にかためられている人穴城《ひとあなじよう》のなかだ。あっちこっちの小火《ぼや》をけすそうどうにまぎれて、さしもきびしい城内ではあるが、ここに、天からふったひとりの怪童《かいどう》ありとは、夢にも気のつく者はなかった。