[書き下し文]子曰く、法語の言は、能く従うことなからんや。これを改むるを貴しと為す。巽与(そんよ)の言は、能く悦ぶなからんや。これを繹ぬる(たずぬる)を貴しと為す。悦びて繹ねず、従いて改めざるときは、吾これを如何(いかん)ともする末き(なき)のみ。
[口語訳]先生が言われた。『古典の格言を用いた助言は、これに従わない者はいないだろう。しかし、その格言から本当に行動を改められるということが大切なのである。優しい言葉であれば、誰でもそれを喜んで受け容れるだろう。しかし、その本当の意味を尋ねてみることが大切である。喜んで受け容れながらその意味を尋ねない者、表面的に言葉に従いながら実際の行動を改めない者は、私にもどうしようも手の下しようがないのである。』
[解説]孔子は伝統主義者で古典の教説を重視したが、『表面的な言葉(教え)の受容』だけではなく、『言葉の意味の理解』と『実際の行動の改善』のほうがより大切であるとした。うわべだけ理解したような態度をとっていても、実際の行動や態度に何の変化もなければそれは本当に古典や徳性を理解したことにはならないのである。