斉藤秀三郎という英文学の先生がいました。岩波から熟語を中心にして『英語 中辞典』という評判のよかった辞典を出していますから、すこし古い年代の人はよく知っています。この先生が、語学の勉強は「弁慶の続飯」ではいけないということを言っています。
弁慶とは義経(よしつね)の家来のあの大男の弁慶です。続飯は知らない人もいるかも知れませんが、むかし、紙や木の接着剤として用いた、飯粒を練って作った一種の糊です。木などをはるのに最適でした。強力な続飯を作るこつは、飯粒をあまり多くない量とって、へらで粘りけがでるまで何度でもていねいによく練ることです。一度にたくさんではダメです。少しずつていねいにやることが大切です。
あるとき弁慶は続飯を作るよう命じられました。よし来たとばかり、弁慶は力持ちですからお櫃いっぱいのご飯を大きな板の上にひっくり返して、長刀のような大きな箆(ヘラ)でかき混ぜ、またたく間に大量の続飯を作り上げました。しかし使ってみたら練りが足りず、あまりよく貼り付かなかったというのです。
斉藤先生がいうには語学の勉強がまさにこういうことで、力まかせに、一度にたくさん勉強しても、その時は憶えたような気がするが、すぐ忘れて役に立たない。その日に使う分だけ、少量を時間かけて丁寧にやり、それを積み重ねていくのがよい、一どきに大量ではなく、「こつこつ」というのがコツだというのです。一夜漬けの勉強などというのは弁慶のやり方で、これではダメなのです。
人生でもそうで、毎日毎日、その日の生活を、欲張らずに丁寧に過ごしていく。退屈で、まだるっこくて、大きくは進まないようであるが、歳月が経ってみると、確実でそれなりのものに成っているのだ、というのです。