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世界尽头与冷酷仙境18

时间: 2017-02-16    进入日语论坛
核心提示: 僕《ぼく》は自分の心をはっきりと見定めることのできないまま、古い夢を読みとる作業に|戻《もど》った。冬は深まる一方だっ
(单词翻译:双击或拖选)
  僕《ぼく》は自分の心をはっきりと見定めることのできないまま、古い夢を読みとる作業に|戻《もど》った。冬は深まる一方だったし、いつまでも作業の開始をのばしのばしにしているわけにはいかなかった。それに少くとも集中して夢を読んでいるあいだは僕は僕の中の喪失感を一時的であるにせよ忘れ去ることができたのだ。
 しかしその一方で、古い夢を読めば読むほどべつのかたちの無力感が僕の中で募っていった。その無力感の原因はどれだけ読んでも僕が古い夢の語りかけてくるメッセージを理解することができないという点にあった。僕にはそれを読むことはできる——しかしその意味を解することはできない。それは意味のとおらない文章を来る日も来る日も読みあげているのと同じことだった。流れていく川の水を毎日|眺《なが》めているのと同じことだった。僕はどこにも|辿《たど》りつかないのだ。夢を読む技術は向上したが、それも僕の救いとはならなかった。技術が向上し|手《て》|際《ぎわ》よく古い夢の数をこなすことができるようになっただけ、その作業をつづけることの空虚さがかえって際立っていくだけのことだった。人は進歩のためならそれなりの努力をつづけることはできる。しかし僕はどこにも進むことはできないのだ。
「僕には古い夢がいったい何を意味しているのかがわからない」と僕は彼女に言った。「君は以前に頭骨から古い夢を読みとるのが僕の仕事だと言ったね。しかしそれはただ僕の体の中を通りすぎていくだけなんだ。僕にはそれを何ひとつとして理解することができないし、読めば読むほど僕自身はどんどん擦り減っていくような気がする」
「でもそうはいってもあなたはまるで何かに|憑《つ》かれたように夢を読みつづけているわよ。それはどうしてかしら?」
「わからない」と僕は言って首を振った。僕は喪失感を埋めるために仕事に集中していたということもある。でもそれだけが原因ではないことは自分でもよくわかっていた。彼女が指摘したように、たしかに僕は何かに憑かれたようにその夢読みに集中していたのだ。
「たぶんそれがあなた自身の問題でもあるからじゃないかと私は思うの」と彼女は言った。
「僕自身の問題?」
「あなたはもっと心を開かなくちゃいけないと私は思うの。心のことはよくわからないけれど、私にはそれが固く閉じてしまっているように感じられるの。古い夢があなたに読まれるのを求めているように、あなた自身も古い夢を求めているはずよ」
「どうしてそう思う?」
「夢読みというのはそういうものなの。季節が来ると鳥が南や北に向うように、夢読みは夢を読みつづけるのよ」
 それから彼女は手をのばして、テーブル越しに僕の手にかさねた。そして|微笑《ほ ほ え》んだ。彼女の微笑みは雲間からこぼれるやわらかな春の光のように感じられた。
「もっと心を開いて。あなたは囚人じゃないのよ。あなたは夢を求めて空を飛ぶ鳥なのよ」
 
 結局僕は古い夢のひとつひとつを手にとって丹念にあたってみるしかなかった。僕は見わたす限り書架に並んだ古い夢のうちのひとつを手にとり、そっと抱えるようにしてテーブルに運んだ。それから彼女に手伝ってもらってほんの少し水で湿らせた布でほこりと汚れを|拭《ふ》きとり、次に乾いた布で時間をかけてごしごしと|磨《みが》いた。丁寧に磨きあげると、古い夢の|地《じ》|肌《はだ》は積りたての雪のようにまっ白になった。正面にぽっかりと開いたふたつの|眼《がん》|窩《か》は、光の加減でまるで底の知れぬ一|対《つい》の深い井戸のように見えた。
 僕は頭骨の上部をそっと両手で|覆《おお》い、それが僕の体温に感応して|微《かす》かな熱を発しはじめるのを待った。ある一定した温度に達すると——たいした熱ではない、冬の日だまりほどのぬくもりだ——白く磨きあげられた頭骨は、そこに刻みこまれた古い夢を物語りはじめる。僕は目を閉じて深く息を吸いこみ、心を開き、彼らの語りかける物語を指の先でさぐった。しかし彼らの語る声はあまりにも細く、彼らのうつしだす|映像《イメージ》は明けがたの空に浮かぶ遠い星のように白くかすんでいた。僕がそこから読みとることのできるものは、いくつかの不確かな断片にすぎず、その断片をどれだけつなぎあわせてみても、全体像を|把《は》|握《あく》することはできなかった。
 そこには見たことのない風景があり、聞いたことのない音楽が流れ、理解することのできない言葉が|囁《ささや》かれていた。そしてそれは突然浮かびあがり、突然また|闇《やみ》の底へと沈みこんでいった。ひとつの断片と次の断片のあいだには共通性らしきものは何もなかった。それはまるで放送局から放送局へと素速くラジオのダイヤルをまわしていくような作業だった。僕は様々な方法で指先に少しでも神経を集中しようと試みたが、どれだけ努力してみても結果は同じだった。古い夢が僕に何かを物語ろうとしていることはわかっても、それを物語として読みとることはできなかった。
 それは僕の読みとり方に何かしら欠陥があるからかもしれない。あるいは、それは彼らの言葉が長い年月のあいだに擦り減り、風化してしまったせいかもしれない。またあるいは彼らの考える物語と僕の考える物語のあいだに決定的な時間性やコンテクストの相違があるからかもしれない。
 いずれにせよ、浮かびあがっては消えていく異質な断片を、僕はただ言葉もなくじっと見まもっているしかなかった。もちろんそこにはいくつか、僕の見慣れたごくあたりまえの風景もあった。緑の草が風にそよぎ、白い雲が空を流れ、日の光が|川《かわ》|面《も》に揺れ、といった何の変哲もない風景だった。しかしそれらのなんということのない風景は僕の心を一種表現しがたい不思議な|哀《かな》しみで|充《み》たした。それらの風景のどこに哀しみをかきたてるような要素が秘められているのか、僕にはどうしても理解できなかった。窓の外を通り過ぎていく船のように、それらは現われ、何の|痕《こん》|跡《せき》も残すことなくただ消えていった。
 十分ばかりそれがつづいたあとで、古い夢は少しずつ潮が引くようにぬくもりを失いはじめ、やがてはもとのひやりとしたただの白い頭骨に戻った。古い夢は再び長い眠りに就いたのだ。そして僕の両手の指からはすべての水が地面にこぼれ落ちていく。僕の〈夢読み〉の作業はその果てることのない繰りかえしだった。
 古い夢が完全にそのぬくもりを失ってしまうと僕はそれを彼女にわたし、彼女はその頭骨をカウンターに並べた。そのあいだ僕はテーブルの上に両手をついて体を休め、神経をときほぐした。僕が一日に読むことのできる古い夢の数はせいぜい五つか六つというところだった。それを越えると僕の集中力は乱れ、指先はもうほんの微かなざわめきのようなものしか読みとることができなくなるのだ。部屋の時計の針が十一時を指す|頃《ころ》には、僕はぐったりと疲れきって、しばらくは|椅《い》|子《す》から腰をあげることもできないくらいだった。
 彼女はいつも最後に熱いコーヒーをいれてくれた。ときどき昼間に焼いたクッキーや果物パンのようなものを軽い夜食として家から持ってきてくれることもあった。我々は大抵ほとんど口もきかずに向いあってコーヒーを飲み、クッキーなりパンなりを食べた。僕は疲れていてしばらくのあいだはうまくしゃべることができなかったし、彼女もそれはわかっていたので、僕と同じように黙っていた。
「あなたの心が開かないのは私のせいなのかしら?」と彼女は僕に|訊《き》いた。「私があなたの心に|応《こた》えることができないから、それであなたの心は固く閉ざされてしまうのかしら?」
 我々はいつものように旧橋のまん中にある|中《なか》|洲《す》に下りるための階段に腰を下ろして、川を眺めていた。冷えびえとした白い月が小さなかけらとなって川面で小刻みに揺れていた。|誰《だれ》かが中洲の|杭《くい》につないだ細い木のボートが水音を微妙に変えていた。階段の狭いステップの上に並んで座っているせいで僕は肩口にずっと彼女の体のぬくもりを感じていた。不思議なものだ、と僕は思った。人々は心というものをぬくもりにたとえる。しかし心と体のぬくもりのあいだには何の関係もないのだ。
「そうじゃないよ」と僕は言った。「僕の心がうまく開かないのはたぶん僕自身の問題なんだ。君のせいじゃない。僕が僕自身の心を見定めることができなくて、それで僕は混乱しているんだ」
「心というものはあなたにもよく理解できないものなの?」
「ある場合にはね」と僕は言った。「ずっとあとにならなければそれを理解することができないという場合だってあるし、そのときにはもう既に遅すぎるという場合だってある。多くの場合、我々は自分の心を見定めることができないまま行動を選びとっていかなくちゃならなくて、それがみんなを迷わせるんだ」
「私には心というものがとても不完全なもののように思えるんだけれど」と彼女は微笑みながら言った。
 僕はポケットから両手を出して、月の光の下でそれを眺めた。月の光に白く染まった手はその小さな世界に完結したまま行き場所を失ってしまった一対の彫像のように見えた。
「僕もそう思うね。とても不完全なものだ」と僕は言った。「でもそれは跡を残すんだ。そしてその跡を我々はもう一度辿ることができるんだ。雪の上についた足跡を辿るようにね」
「それはどこかに行きつくの?」
「僕自身にね」と僕は答えた。「心というのはそういうものなんだ。心がなければどこにも辿りつけない」
 僕は月を見上げた。冬の月は|不《ふ》|釣《つ》りあいなほど鮮かな光を放ちながら高い壁に囲まれた街の空に浮かんでいた。
「何ひとつとして君のせいじゃない」と僕は言った。
 
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