「何だかわからないわねえ」
靴をよごして、落胆した様子で戻って来るサヨを、友子が手をあげておいでおいでをした。
「ちょっと、一般に見せるっていうのはここなんですってさ」
「ここ?」
「ええ」
二人は腑に落ちない顔つきでうしろのテント張の場所を見やった。足元をよくするためにコークスのもえがらを敷いた空地に天幕張があって、そこには共進会のように新しいおはちだの俎板、盥、大笊、小笊、ちり紙、本棚、鏡台などという世帯道具がうずたかく陳列されているのであった。新しい木肌の匂いは天幕の外へあふれている。腕章をつけた男がいて、即売されていた。サヨたちと一緒にバスを降りた紋付羽織の女づれは、それらの品物のやすいのに興奮したような手つきで、何か喋りながらいかにも気やすそうに買物をどっさりよっている。
すこしわきへのくようにしてサヨと友子は暫くそういう光景を見物していた。ふと気がつくと、その往来の向う側に下駄の歯入れやだの古俵屋だのの並んだ前からこっちを見物している男女があった。そんなにひろい道幅でもないのに、町のひとたちは自分たちの軒下から離れないで、赤白のアーチとの間に動かせない距離を認めているような表情で、あっち側から見ているのであった。
やがて、サヨが友子の手をそっととった。
「行きましょうか」
友子は歩き出しながら半ば感服したように、
「よく売れているわねえ」
と云った。
「売れるにこしたことはないんでしょうけれど、……おはちなんかねえ」
おはちは家庭の団欒のシムボルのようなものだから、何だかあたり前の町の桶屋さんの店にあるものの方が、そこからたべやすいという友子の感じかたは自然で実感があった。
バスへのってからサヨは、
「ごめんなさい」
と云った。
「無駄足させて」
「いいわよ、そんなこと」
二人は足を揃えてさも何か用事のところからのかえり路のようにサヨの家まで一気に戻ったが、格子の戸じまりをあけているうちに、サヨは滑稽でたまらなくなったように笑い出した。
「いやあねえ、まったく私何て頓馬なんでしょう」
重吉にこのことを話したら、重吉は何というだろう。咎めはすまい。ばかだなあ、と少し鼻の頭に皺をよせるような笑いかたをしてサヨを見ることだろう。サヨはおとなしい優しい気になりながら笑いやめて締りをあけるのであった。
夏になって、原っぱの草はそこを通り抜けて近道をゆく人の腰から下をかくすくらいの高さに繁った。バッタ捕りの子供たちが一日じゅうその草の間をわけて走った。原っぱの右側の遠くに日の丸の旗が風にはためくようになった、そこが自動車練習場になって、幌形のボロ自動車が前進したりバックしたりしているのが遙に見られた。噂さでは、原っぱはこのままにしておいて、やがて飛行公園にするのだということだった。樹木も何もない草地へいきなり飛行機が着陸できるようにしておくのだそうだ。そういう噂さも、戦争のはじまっている時節がら、根のないことばかりとも思われなかった。