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关于新的反法西斯(3)

时间: 2021-07-07    进入日语论坛
核心提示:        三 文化戦線の問題 花山信勝の「平和の発見」や、永井隆の「ロザリオの鎖」「長崎の鐘」などがさき頃のベスト
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        三 文化戦線の問題

 花山信勝の「平和の発見」や、永井隆の「ロザリオの鎖」「長崎の鐘」などがさき頃のベスト・セラーズでした。日配の統計の純文学では「細雪」が第一位です。わたしたちはここでもやっぱり客観的でなくてはいけないと思います。前に、日本の新しいファシズムの一つの現れとして、ルポルタージュに名をかりた戦記もの、秘史に名をかりた皇道主義軍国主義の合理化的宣伝の出版物が急にましてきていることにふれましたが、日本の人民的な文化の下地というものは、実に中国や昔のロシヤとちがうのです。中国も、帝政時代のロシヤも、人民の文化水準は全く低くて、文盲率が非常に高くありました。中国では、日本の侵略に抵抗して、「抗戦救国」というスローガンがあらゆるへんぴな村々の壁にはられました。そして村人たちはゲリラを闘い日本軍の惨虐に耐えました。字のよめなかったこれらの中国の人民が、第一に知った字が「抗戦救国」であり、改革された土地に対する新しい自分たちの権利について署名したのが、自分の姓名のかきはじめだというような事情は、ロシヤの人民が文盲撲滅運動でピオニェールからアルファベットをおそわった頃、まずおぼえたのが、「ソヴェト」という字であったことと同じような、新鮮な人民的階級文化の下地でした――もちろん古い迷信や習慣というものは一朝一夕に消えてしまわないにしろ。
 日本ではこの事情が根本からちがいます。レールの幅は狭軌で能率のわるい鉄道ながら、ともかく日本には明治以来鉄道が普及しているし、それと同じに天皇制軍国主義的国民教育というものが、明治以来全国にしみとおっています。これは、封建的な主従関係での忠義の感情にいきなりむすびついて「奉公」の感覚を養成する教育でした。この場合の「奉公」は、(おおやけ)の一存在としての人民生活、市民生活への奉仕という近代民主主義の要素とはちがったものです。「公僕」という言葉が、民主日本になったからいわれはじめたけれど、その「公」というものが実感の中で「公のものである人民」として感覚されていないことは、警官の見事な武装行列とあばれ振りでよく分ってきています。
 日本のこういう文化的下地は、実に重大な特徴です。この下地があるからこそ日本のファシズムが、左からまわって――共産主義の批判ということを正面にたてて――たやすく影響をひろげ得るわけです。
 今日の日本の人々の感情の中には、もとよりファシズムでもない、さりとて共産主義にもつきかねて、何処かに安定感を求めている感情があります。わたしたちは、本当にもう戦争はいやだし、人間らしくない怒号で狩りたてられることはいやだし、なんぞというとすぐ激昂する、あらあらしさはうんざりです。しかし、日本の現実には安定をもとめている多くの人々の感情をおだやかにうけとめることのできるような社会的条件が生れていません。四年前の八月十五日、ポツダム宣言を受諾した日本の政府が、誠意をもって破滅した日本の社会再建のために奮闘して来たならば、日本の民主化というものはもう少し社会感情としても実体をもってすすんで来たはずです。正直に、おだやかに働いて生きることを求めている人々の心をいくらかうけとって生かす民主的な社会生活とその感情の幅があらわれていたはずです。日本の近代の歴史には本当に自分の階級の力で封建権力にとりかわった市民社会がなかったということ、第二次大戦でこのように破滅するまでの日本の歴史に、わたしたちみんなが民主的に生きる生き方を知っていなかったということは、この四年の間に、特権階級の自己保存のための奸策を、公平な外国の人々がびっくりしているような「人民の従順さ」で、はびこらして来ている。代々政治になれている特権者たちは、おだやかさを求めている人々の心を捕えて、自身の強権的な立場へ有利に利用するために、共産主義までをファシズムと同様に「全体主義」という新しい言葉でいいくるめています。
 小泉信三氏の『共産主義批判の常識』の序文をみても、どこか安定をさがしている文化的な欲求にむすびつくモメントがはっきりあらわれています。小泉氏は、公正な学問的立場からの批判という点を力説しているし、読む人も「公平な」知識を得ようとして読むのでしょうが、客観的に見たとき小泉氏の立場の本質は、資本主義体制の擁護に役立つだけです。社会歴史の展望的な面へ科学的でない批判を集中して、資本主義の立場にたつ政治家がこんにち猛烈に反省をしなければ、日本の青年は政治的無関心に陥いるしかないといっている点など、こんにちの日本のブルジョア思想家の害悪をみないわけにはゆきません。こんにちの青年および一般の人々の感情は、小泉氏のいっているようなものばかりではない。ファシズムに反対するという共通の線でむすばれ、民族とその自主的文化のためにともに闘わなければならないという自覚でむすばれている人々がどんなにふえてきているか。このことは過日の非日委員会法に反対して、いわゆる政治的でない二十七名の教授連が声明書を出したことでもはっきり示されています。その人たちは、市民的自由、学問と言論と思想の自由をファシズムから守るためにはあえて支配権力の政治に対抗する政治力を発揮しました。これは大学法案反対の場合にも見られたことです。自由を守り、ファシズムと奴隷教育に反対する意志の表現は、誰にとっても基本的人権の問題だし、われわれが税を払って政府を養っている以上それと全くひとしい権利を保証された社会的行動の一つです。
 文学者がファシズムに反対し、戦争挑発に反対して現実的に行動する必要にめざめていることは、「知識人の会」の組織されたことをみても分るし、「平和をまもる会」に文壇の長老が参加していることにもあらわれています。『近代文学』のグループといえば、ブルジョア民主主義の限界内で、個人主義的な主体性の確立の論議にとらわれていたようだけれども、去年の夏からファシズム反対の積極的な活動体となってきています。少くともこんにちのまじめな文化人は、一九三〇年代の終りの日本の人民戦線当時の失敗と悲劇とを再びくりかえすまいと、かたく決心しているのです。三年前には、文学における政治の優位性という問題が、政治への嫌悪、権力への屈服の反撥と混同され、その基本的な理解において、論議の種でした。一年一年が経つごとに社会と政治の現実は、人間性と文化の擁護のためにはファシズムと闘わなければならないという実際の政治的必要を文化欲求の基礎として実感させてきました。そしてそれは行動されはじめました。文学における政治の優位性の問題は、現在では具体的な内容をもって二歩も三歩も前進しています。(これは一つの大きい複雑な課題だからここでは省略します。)
 ファシズムが、イデオロギーの面でも、左からまわってやってきているという例は、猪木正道氏、渡辺慧氏などという新型のジャーナリズム流行児の出現にも注目されます。
 過去十数年にわたってわたしたち日本の人民は、正しい社会科学の本もよめなかったし、侵略戦争の本質を解明した本もよめず、人民の文学としての民主主義文学の発展史もよまされませんでした。その思想的空白、ファシズムの暗いほらあなにうちこまれていた理性のゆがみと弱視のために、この四年間日本の民主主義は独特な障害に面してきています。猪木氏の出現は、今日の若い読者層が過去の社会科学の文献に通じていず、したがって同氏が論拠とされている、ローザ・ルクセンブルグやトロツキーなどの引用文の、革命理論の誤謬を実際的に批判する能力は持っていないというギャップをねらっています。同氏が利用しているようなローザ・ルクセンブルグやトロツキーの文献を読んでいないことは、一般読者はもちろんのこと、前衛的な学生でもこの四年間の忙しさで同じことでしょう。ローザの経済主義的な誤謬(ある国の革命の要因を資本主義経済発展の段階だけにおいて見たあやまり)、トロツキーの世界革命がおこらない間は、それぞれの国での革命、社会主義生産への移行は不可能であるとした理論などは、こんにちのソヴェト同盟の存在と民主中国の事情を研究すれば、誤りであることが明瞭です。
 政府の挑発的な暴力革命の宣伝に呼応して『展望』の八月号に猪木氏の「暴力論」がでました。レーニンの言葉を引用して、歴史の事実をゆがめ、労働者階級の任務を歪曲した議論がまとめられていることに、多くの人が驚きました。
 知識欲のさかんな若い人々、レーニンが云っているように向上心にもえ、階級の武器として、あらゆる知識をもちたいと思っている優秀な労働者たちが、その知識慾を餌じきにされて、きたならしい饒舌、ダイジェスト文化に、時間と金を吸いとられ、頭脳をかきまわされるのは何とくちおしいことでしょう。
 渡辺慧氏の弁舌も特徴のつよいものです。この人の左まわり右へは、さき頃のラジオ討論会、「宗教と科学は両立するか」の時の話し方で聴取者の腹の底までしみ渡りました。渡辺氏は、宗教が、たとえば宗教裁判や戦争挑発によって過去に人類的罪悪を犯したのは――反科学的であったのは、宗教が宗教の外へ出て行動した場合だけであったと言いました。が、渡辺氏は、そういう理論づけを我からつきくずして、まるでその口元が目にみえるような煽動の語調で、一言一言ゆっくりと、ソヴェトの社会主義なんかは「インチキ」といわれました。どんな客観的理由も説明せず、三十年間の社会主義社会建設の歴史をもって今日に来ている人民の社会を、「インチキ」と断言したことに対して、デマゴギストという印象を与えられなかった人はないでしょう。どんな権力の意識がこの人の背後にあれば、あのような客観性のない暴言を吐き得たのでしょう。
 田辺元氏の「無」の哲学は、戦争中は「無」の独特な融通性によって侵略戦争に相応したし、一九四五年の冬から天皇制論のやかましかった頃には天皇制護持のための「無」と変化しました。サルトルが流行したら「無」は実存主義によって語りだされました。何とジャーナリスティックな、かんのいい「無」でしょう。田辺哲学の読者は、この資本主義社会に発生した東洋的な「無」の哲学が、われにもあらず権力と商業主義に流され、このように「無」の流転する姿を、哲学の破綻そのものの姿としてみているでしょうか。
 日本の歴史学は、まだ大塚史学の伝統をとりのぞいて正しく科学としての日本の歴史学に発展するところまでいっていません。『国のあゆみ』『民主主義』読本に対する監視と批判は、決して新学期に際してだけの季節的行事であってはならないと思います。今日二・二六の事件を戦争を欲しなかった青年将校の行動であるとか、農民大衆の窮乏にふるいたった青年将校たちの行動であるとかいう二・二六記録が発表されている事実と鋭くにらみ合わされる必要があります。
 人民的な文化建設をいうとき、これまではいつも、文化現象の社会的基盤の分析がまず行われてきました。田辺哲学の批判もそこまではきている。太宰治の文学についてそこまではいわれている。「しかし」というところが一般の感情のうちに残っていて、太宰もよまれ田辺も崇拝者をもっている。この「しかし」こそ微妙です。赤岩栄氏の存在はいかにも時代的であり過渡的で、この「しかし」の心理に深い連関をもっています。民主的文化確立の道は、この社会的基盤の分析という段階から既に文学そのものの創造によって、人民の哲学そのものの確立によって、新しい知性と美の流露によって、知的に心情的に、「しかし」の谷間まであふれてゆかなければならない段階にきていると信じます。既成文化の否定から、新しい文化の具体的な誕生による肯定の面へまででてゆかずにはいられない人間的な欲求があるのです。
 中国での人民革命の成功は、一部の人々を性急にしています。日本の人民的文化の下地の具体的条件をとびこして、せっかちに、まるで新しい「新しい文化」の発見にあせっているところもある。だが、現実に日本にあらわれている新しい文化の動きは、いろいろのところにいろいろの段階と形とをとって、あるときには旧いものとまじりつつあらわれ、しかもファシズム反対というつよい統一的な線でつながれてゆこうとしているのが実際です。別の星から飛んで来て生えている種はない。「知識人の会」の活動ぶりと「日本文化をまもる会」の活動ぶりとは、いつも必ず同じとはいえないでしょうが、それぞれちがいながら窮極の民主主義擁護と平和のまもりでは一つの流れにとけ合ってゆきます。人民層の多様さに応じた多様な歴史的善意が、それぞれの必然によって湧きたち、そのものとしてうけ入れられ、結合され高められつつあります。個人の善意がそのような形で結集しよりつよい形で生かされようとしています。
 この新しい段階の多様な面白さ、内部に動きをもった統一というものが、ファシズムに対する統一戦線として、十分自覚されなければならないと思います。文化と政治との関係の進歩した具体的な表現として、もっともっと親愛されていい。文化・文学における政治の優位性ということを、たたかいの年月を通じてまじめに体験し、理解している人は、既成の学問の諸分野において、民主的創造、民主的な学問の達成そのものが闘われなければならないことを痛感しています。学問を愛する多くの学生が大学法案に反対し、さまざまに政治的に行動する場合にも、学問の道そのものにおける勝利の意義が忘れられたことはなかろうと思います。

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