新しきシベリアを横切る
宮本百合子十月二十五日。(一九三〇年)
いよいよモスクワ出立、出立、出発!
朝郵便局へお百度を踏んだ。あまり度々書留小包の窓口へ、見まがうかたなき日本の顔を差し出すので、黄色いボヤボヤの髪をした女局員が少しおこった声で、
――もうあなたを朝っから二十遍も見るじゃありませんか!
と云った。
――ご免なさい。だが私はこの我らのモスクワに三年いたんですよ。そして、今夜帰るんですよ、日本へ。私はまた明日来るわけにいかないんだし、私のほかにこれを送り出してくれるものはいないんだから、辛棒して下さい。
――そうですか。
女局員はほとんど日に一遍は彼女の前に現れていた丸い小さい日本女の顔を見なおした。
――日本へこれが届くでしょうか? みんな。
それは分らない。
広いところへかかっている大きい大きい暦の25という黒い文字や、一分ずつ動く電気時計。床を歩く群集のたてる擦るようなスースーという音。日本女はそれ等をやきつくように心に感覚しつつ郵便局の重い扉をあけたりしめたりした。
Yが帰ってから、アイサツに廻り、荷物のあまりをまとめ、疲れて、つかれて、しまいには早く汽車が出てゆっくり横になるだけが待ち遠しかった。午後六時十五分。