十一月三日。
時計がまた一時間進んだ。すっかり極東時間――日本と同じ時間になった。モスクワでは、時々夜おそくなるまで何かしていてふと思い出し、
――今日本何時頃だろ。
――今――二時だね、じゃ九時だ朝の。もう学校がはじまってる――
そんなことを話し合った。
だがこのウラジヴォストク直通列車は、二十何時間かもうおくれたのである。本当は今夜ウラジヴォストクについている筈だったのに、恐らく明日の夜までかかるだろう。十日も汽車にのると、半日や一日おくれるぐらい何とも思わない。みんなが呑気になる。そして、段々旅行の終りになったことをたのしんでいる。
――これでウラジヴォストクまでにもう何時間おくれるだろうね。
――五時間は少くともおくれるね。
――まあいいや、どうせウラジヴォストクより先へこの汽車は行きっこないんだ。
廊下で誰か男が二人しゃべっている。
東へ来たらしい景色である。樹にとまっている雪がふっくり柔かくふくらんでいる。
夜食堂車にいたら、四人並びのテーブルの隣りへ坐った男が、パリパリ高い音を立てて焼クロパートカ(野鳥の一種)をたべながら、ちょいと指をなめて、
――シベリアにはもう雪がありましたか?
と自分にきいた。ほんとに! 沿海州を走っているのだ。
食堂車内は今夜賑やかだった。ずっとモスクワから乗りつづけて来たものは長い旅行が明日は終ろうとする前夜の軽い亢奮で。新しく今日乗り込んで来た連中は、列車ではじめての夕飯をたべながら。――(汽車の食堂は普通の食堂より御馳走だ。)シベリアに雪はあるかと訊いた男が通路のむこう側のテーブルでやっぱりクロパートカをたべている伴れの眼鏡に話しかけた。
――どうだね、君んところのは?
目立たぬ位肩をもちあげ、
――まあこんなもんだろう。
――バタはいいが、いかにも腹にこたえないね、尤もそれでいいんだが……
焼クロパートカ半身一皿一ルーブル五十カペイキ也。
あっちこっちのテーブルで知らない者同士が他の土地の天候などきき合っていた。
夜、日本茶を入れてのむのに、車掌のところへ行ってさゆいりのコップを借りたら年上の、党員ではない方の車掌がもしあまったら日本茶を呉れと行った。
――あなた日本茶、知っているの? 青いんですよ、日本の茶、砂糖なしで飲むの。
――知ってますとも! よく知ってる、中央アジア=タシケントにいた時分始終のんでいました。
あっちじゃいつも青い茶を飲むんです、暑気払いに大変いいんです。
小さいカンの底に少し入っているまんま持って行ったら、手のひらへあけて前歯の間でかんだ。
――これはありがたい! いい茶ですね、本物の青茶だ。