雨と子供
宮本百合子
一ぼんやり薄曇っていた庭の風景が、雲の工合で俄に立体的になった。近くの暗い要垣、やや遠いポプラー、その奥の竹。遠近をもって物象の塊が感じられ、目新しい絵画的な景色になった。ポプラーの幹が何と黒々浮立って見えることだろう。また竹の重濃な生々しい緑が、何という感情を喚びおこすことか。驟雨が今にも来ようとする前の自然は、独特に動的だ。椽側に立っている私の顔にさッと雨まじりの風がつめたく当った。風が樹々を揺る、揺る! ポプラーは狂気のように頭を振り、秋の葉を撒きちらす。松や杉は落付いているのに恐ろしい灰色雲の下で竹がざわめくこと――このような天候の時、一人ぼっちでこの近傍によくある深い細道ばかりの竹藪を通ったら、どんなに神経が動乱するだろう。ドーッと風が吹きつける。高さ三十尺もある孟宗竹の藪が一時に靡く。細かい葉を夢中で

空が荒模様になり、不機嫌な風がザワザワ葉を鳴らし出すと、私の内にある未開な原始的な何ものかが不可抗の力で呼びさまされる。凝っと机について知らぬ振などしていられない。私はきっと梢の見えるところまで出かけ、空を眺め、風に吹かれ、痛快なおどろきとこわさを一心に吸い込もうとする。今日も、椽側の硝子をすかし、眼を細くして外界の荒れを見物しているうちに、ふと、子供の時のことを思い出した。