「委員会」のうつりかわり
宮本百合子
一九四五年の八月十五日からのち、日本の民主化がいわれるようになってから、いくつかの民主化のための委員会がつくられた。文化関係で、ラジオの民主化のための放送委員会、軍国主義の出版統制の遺風を民主化するための用紙割当委員会、出版文化委員会、教育の民主化、成人教育のための社会教育委員会、そのほか一九四六年から次の年の春までぐらいにつくられた委員会の多くは、正直に日本の民主化を任務として組織された。委員の人選も一種のあまくだりであったにしても、民主化について正直に発言し行動することのできる人々が選ばれたのであった。
ところが、さまざまの委員会が、民主化のための委員会として組織された当時、吉田茂は、占領政策に対して危惧をいだいていた。その後、日本の民主化にいろいろの変調が加えられて、たとえば用紙割当委員会の権限が、ずるずると内閣に属す委員会に移され、文化材の合理的割当を口実に、官僚統制、赤本屋委員会に堕してしまうころから、吉田茂の明るい展望が記者団との会見で語られるようになった。
更に、新聞も御用大新聞に整理することに成功し『くにのあゆみ』から『民主主義』読本を文部省が発行できるように日本の民主化が歪曲されて来るにつれて、吉田茂は、とうとう、日本人の大部分が満足していない国会を、外国の新聞がほめている、というような状態になった。高野岩三郎氏が死去されたのちNHKの会長となった古垣鉄郎氏は、英語もフランス語も達者であろうし、行儀がいいことが必要な時と場合の分別もあり、貴族院議員だったし、文化人であろうけれども、NHKは、新会長によって会長流民主化におかれざるを得ない。政府の放送委員会案というものが、はじめの放送委員会と本質的にちがうことは、日本のラジオを愚民政策の道具にしたくない人々の反対のきびしさを見てもはっきりしている。
政府は、表面民主的な委員会を次から次へこしらえている。それが日本の人民の発展に限界を与えようとするものであることは、特別資格審査委員会一つを見ても、悲しいほどその目的があらわである。はじめ、日本の民主化のために発足したいろいろの「委員会」は、四年の間にあわれやへたぐされとなってきている。
わたしたちは、こういう全体の傾向を理解し、委員会の本質について、一層監視をおこたってはならない状態におかれているのである。
参議院の法務委員会と裁判所との間に、浦和充子の事件について、見解の相異があり、法務委員会の権限について論議されている。こういう問題も、わたしたちは、人民の基本的人権[#「権」は底本では「件」]の擁護とブルジョア的な法律適用による裁判が果して公正なものであるかどうかについての絶え間ない注目とを基礎にして、判断してゆく必要がある。参議院の引揚援護委員会も吉村隊事件ではいかがわしい委員会の本質を、人々の前にむきだした。
今日の新聞では西尾末広の偽証罪が不問に附せられるかもしれないことについて、弁護士である人からの投書があった。有名なえらい人の偽証は無罪とされ、一般の人の偽証は犯罪とされているその点への疑惑が語られていた。裁判が精神的・物質的圧力から必ずしも自由でないことがうかがえる。
目さきの話題だけに注意を奪われずに、わたしたちは、こんにちの反民主的な権力に影響をうけている各種の委員会の活動の本質について、積極的な発言をしてゆく義務がある。――わたしたちは、自分たちのこの高税で彼らを養い、政府をつくらせているのであるから。
〔一九四九年六月〕