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医院坡上吊之家-第一部 第二編(12)

时间: 2022-05-31    进入日语论坛
核心提示:「由香利ちゃん、さっきの本條直吉君の話がほんととすると、君が一人二役を演じているのか。それともこの世の中に、君とそっくり
(单词翻译:双击或拖选)

「由香利ちゃん、さっきの本條直吉君の話がほんととすると、君が一人二役を演じている

のか。それともこの世の中に、君とそっくりおなじ顔をもったお嬢さんが、もうひとり存

在するとでもいうのかい」

金田一耕助は二葉の写真を封筒のなかにしまうと、整理ダンスの抽斗に戻そうとして、

ふっと不安を感じたように首をかしげた。

 金田一耕助は自分のポーカーフェースに自信をもっている。しかし、それでもなおか

つこの花嫁の顔をみたとき、内心の驚きが表面に現われなかったかどうか心もとない。

自分はたしかに花嫁の顔を見たとき、ハッとし、ギョッともしたのだ。本條直吉のあの

貪《どん》婪《らん》で執《しつ》拗《よう》な眼が、それを看《かん》破《ぱ》

しえなかったと断言できる自信はない。

金田一耕助はあらためて六畳と四畳半の離れの内外を見まわした。ここはまったく無防

備にできている。ガラス戸の外に雨戸がしまることになっているが、そんなものこじ開け

ようと思えば造作はない。しかも、ここは母屋からそうとう離れている。

わけを話してお内《ない》緒《しょ》の金庫にあずけようか。しかし、わけとはな

んであろう。これはいわれのない自分だけの不安であり、疑いではないか。こんなことで

女主人を騒がせるのは心ない仕《し》業《わざ》というべきである。

とつぜん金田一耕助の顔に悪《いた》戯《ずら》っぽい微笑が、さざなみのように

ひろがった。嬉しそうにもじゃもじゃ頭をひっかきまわした。

そうだ、成城の先生に預けてやろう。「詩集 病院坂の首縊りの家」とその著者天竺浪人

については、このあいだ成城の先生の意見を聞いたことがある。例によって世間のせまい

先生は、なにもご存じなかったが。あの先生ときたら日頃は猫みたいに横着だが、好奇心

だけは旺《おう》盛《せい》だから、きっと封筒の中身を調べるだろう。しかし、そ

れだって構わない。あの先生、口は固いし、自分の許可がないかぎり、絶対に筆を執《と》

らないことは、いままでの例からみても保証つきである。それにこの一件、いまのところ

どういうふうに発展していくのか予測もつかないが、将来記録にとどめておかねばならな

いような事件となって、進展していくかもしれないのである。そんな場合この複雑な人間

関係を、いちおう頭にたたきこんでおいてもらうのも、悪いことではないかもしれない。

しかし、時間は……

腕時計を見ると六時五分。しかも、金田一耕助は途中病院坂へよってみるつもりなので

ある。

成城までの往復の時間を胸算用ではじいてみて、

〈まあ、いいさ。問題のジャズの演奏は、九時からはじまるといっていたではないか。そ

れまでにまにあえばいいんだ。シュウちゃんはきっと待っていてくれるだろう〉

金田一耕助はありあう風《ふ》呂《ろ》敷《しき》にそのかさばったものを包み

こむと、小脇にかかえて部屋を出ようとしたが、ふと気がついたのは餉台《ちゃぶだい》

のうえにある五枚の千円紙幣である。それをとって無造作に紙入れのなかへしまうと、

「すまないねえ、直吉つぁん。あんたこの金田一耕助を利用して、いったいなにをやらか

そうとしているのかしらないが、この調査費はむしろこちらから差し上げるべきだったん

だ。ぼくがいま調査中の事件について、あんた素晴しい情報を持ってきてくれたんだから

ね」

金田一耕助はそれからまもなく蓬《ほう》髪《はつ》のうえに、苦茶苦茶に形のく

ずれたお釜《かま》帽《ぼう》をのっけて、まだ暮れきらぬ都会の黄《こう》塵

《じん》のなかへ飄々《ひょうひょう》として出ていった。なんの木かしらないが、ひ

ねこびれて瘤《こぶ》々《こぶ》だらけのステッキを右手に持って。

予感はあった、なにかしら不吉な。

しかし、これがあのようにおぞましい、血みどろな事件となって発展していこうとは、

さすがに金田一耕助もまだ気がついていないのである。


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