アア、今思い出しても、この老朽ちた胸が躍る様だ。それから二年の間というもの、わしはただもう、甘い薫の、あたたかい桃色の雲に包まれて、フワリフワリと天界を漂っている様な、何とも云えぬ楽しい月日を過したものだ。
大阪の伯父の所へ旅行していて、わしの結婚式に間に合わなかった川村義雄は、婚礼がすんで三日目の日に、わし達夫婦を訪ねてくれた。彼は外の誰より深くわしらの結婚を祝ってくれた。
「君は本統に仕合せものだぜ。黙っている奴が曲者とは君のことだ。今まで女嫌いを看板にしていた君が、東京や大阪の社交界にだって、滅多に見当らぬ様な、日本一の美人を妻にするとは。君、これでも、女は一本のあばら骨かね」
彼はわしの手を握りしめて、大はしゃぎにはしゃぐのだ。
「イヤ、僕は少し説を変えたよ」
わしは恥かしそうに答えたものだ。
「君がよく云っていた様に、美しい女と云うものは、どんな芸術も及ばぬ造化の偉大な創作だよ」
そう云ってから、わしはふと川村にすまぬ様な気持になった。男ながら、彼こそわしの唯一の伴侶ではなかったか。それが、瑠璃子というものが出来て見ると、何だか今迄の様な、隔意ない親しみが少しうすらいだ様な気がする。川村の前で妻をほめたりして、悪いことをしたと思った。アア、可哀相に、川村はまだ、美人を妻とする楽しさを知らぬのだ。この男にもどうか美しい娘を探し当ててやり度いものだ。
わしはちょっと憂欝になって、何気なく振向くと、そこへ、大輪の薔薇の花が咲き出した様に、瑠璃子が入って来た。それを見ると、わしの憂欝はどこへやら、けし飛んでしまった。
この美しい顔さえ絶えずわしの目の前にあるならば、友達も要らぬ。金も要らぬ。命も要らぬ。恋に酔うとは、これを云うのかしら、わしは人世嬉しさの絶頂に達し、痴人の如く、瑠璃子の顔を飽かず眺め入った。見れば見る程愛らしい。アア、世の中にこんな美しく愛らしいものがあったのかしら。瑠璃子がそこにいると、近くの品物がみんな美しく、楽しく見えて来る程だ。
皆さん笑って下さい。結婚後しばらくすると、わしは瑠璃子を湯に入れてやるのが無上の楽しみとなった。わしは三助の様に、我が妻の美しい肌をこすってやった。桃色にゆだった、水蜜桃の皮の様にきめが細くて、眼にも見えぬ産毛の生えている、あれの肌から、モヤモヤと湯気の立つのを眺めるのが、わしは大好きであった。よれて出る垢までが、わしには、こよなく美しいものに見えた。
わしは、召使共の蔭口もかまわず、風呂の立つのを待ちかねる、痴漢となり果ててしまった。
わしがそんな風だものだから、瑠璃子の方でも、わし丈けには令夫人のよそ行きの作法を捨てて、なれ親しんだ。はては、熊使いの見世物師が、目くばせ一つで、荒熊を自由自在に動かす様に、彼女も目一つで、わしを意の如く動かすやり方を覚込んでしまった。
二人切の場合には、わしは瑠璃子の忠実極まる奴隷であった。どうすれば彼女が喜ぶかと、それのみに心を砕いた。
大阪の伯父の所へ旅行していて、わしの結婚式に間に合わなかった川村義雄は、婚礼がすんで三日目の日に、わし達夫婦を訪ねてくれた。彼は外の誰より深くわしらの結婚を祝ってくれた。
「君は本統に仕合せものだぜ。黙っている奴が曲者とは君のことだ。今まで女嫌いを看板にしていた君が、東京や大阪の社交界にだって、滅多に見当らぬ様な、日本一の美人を妻にするとは。君、これでも、女は一本のあばら骨かね」
彼はわしの手を握りしめて、大はしゃぎにはしゃぐのだ。
「イヤ、僕は少し説を変えたよ」
わしは恥かしそうに答えたものだ。
「君がよく云っていた様に、美しい女と云うものは、どんな芸術も及ばぬ造化の偉大な創作だよ」
そう云ってから、わしはふと川村にすまぬ様な気持になった。男ながら、彼こそわしの唯一の伴侶ではなかったか。それが、瑠璃子というものが出来て見ると、何だか今迄の様な、隔意ない親しみが少しうすらいだ様な気がする。川村の前で妻をほめたりして、悪いことをしたと思った。アア、可哀相に、川村はまだ、美人を妻とする楽しさを知らぬのだ。この男にもどうか美しい娘を探し当ててやり度いものだ。
わしはちょっと憂欝になって、何気なく振向くと、そこへ、大輪の薔薇の花が咲き出した様に、瑠璃子が入って来た。それを見ると、わしの憂欝はどこへやら、けし飛んでしまった。
この美しい顔さえ絶えずわしの目の前にあるならば、友達も要らぬ。金も要らぬ。命も要らぬ。恋に酔うとは、これを云うのかしら、わしは人世嬉しさの絶頂に達し、痴人の如く、瑠璃子の顔を飽かず眺め入った。見れば見る程愛らしい。アア、世の中にこんな美しく愛らしいものがあったのかしら。瑠璃子がそこにいると、近くの品物がみんな美しく、楽しく見えて来る程だ。
皆さん笑って下さい。結婚後しばらくすると、わしは瑠璃子を湯に入れてやるのが無上の楽しみとなった。わしは三助の様に、我が妻の美しい肌をこすってやった。桃色にゆだった、水蜜桃の皮の様にきめが細くて、眼にも見えぬ産毛の生えている、あれの肌から、モヤモヤと湯気の立つのを眺めるのが、わしは大好きであった。よれて出る垢までが、わしには、こよなく美しいものに見えた。
わしは、召使共の蔭口もかまわず、風呂の立つのを待ちかねる、痴漢となり果ててしまった。
わしがそんな風だものだから、瑠璃子の方でも、わし丈けには令夫人のよそ行きの作法を捨てて、なれ親しんだ。はては、熊使いの見世物師が、目くばせ一つで、荒熊を自由自在に動かす様に、彼女も目一つで、わしを意の如く動かすやり方を覚込んでしまった。
二人切の場合には、わしは瑠璃子の忠実極まる奴隷であった。どうすれば彼女が喜ぶかと、それのみに心を砕いた。