分った、分った。わしが棺から飛び出す勢いで、この丸太をつき倒したのだ。それで棚が傾いて、上にのせてあった宝の棺が落ち、その拍子に蓋がとれてしまったのだ。
こうまで辻褄のあった夢なんて、あるものでない。すると、やっぱり本当かな。それにしても、墓場にこれ程の財宝が隠してあるとは、何とも合点の行かぬことだが……と、ボンヤリ目を動かしていると、ふと注意を惹いたものがある。
宝の棺の側面に、一寸角程の、真赤な髑髏が描いてある。それが何か紋章の様な感じなのだ。「紅髑髏」「紅髑髏」オヤ、どっかで聞いた覚えがあるぞ。ハテ、なんであったか。……アア、そうだ。海賊の紋章だ。十何年というもの、官憲の目をくらまし、支那海一帯に暴威を振っている、海賊王、朱凌谿だ。わしはそれを人にも聞き新聞でも読んで覚えていた。
さては、わしの家の墓穴が、あの有名な海賊の宝庫に使用されていたのか。不思議なこともあるものだ。併し、考えて見れば、必ずしも不思議ではないて。
いつ捕えられるか分らぬ海賊稼業には、こうした秘密の蔵が必要かも知れない。あわよくば刑期をすませて、その財宝を取出し、後生を贅沢に暮らすことも出来るのだからな。それには自国の支那よりも、日本の海岸が安全だ。しかも、墓穴の中なれば、十年に一度、二十年に一度しか人が入らぬし、入った所で、不気味な場所を、態々調べて見るものもない。アア、墓穴を宝の隠し場所とは、流石は賊を働く程の男、よくも考えついたものだ。
愈々わしの目に間違いはない。わしは生埋にされたばっかりに、巨万の富を手に入れることが出来たのだ。
わしは棺の側に蹲って、子供の様に金貨を弄んだ。金貨は皆小袋に入っていたのだが、棺の転落と共に、袋の口が破れて、一面に溢れ出したのだ。わしは丹念にそれを元の袋へ詰め込んだ。そして、まるで子供の様に、一つ二つと算えながら、その袋を取出しては地面に積上げた。総計五十八個だ。しかもその上に、袋をのけた棺の底には、主として日本支那の夥しい紙幣の束が、まるで紙屑の様に押しこんであったではないか。
嬉しさに算えて見ると、日本の紙幣ばかりで三万いくらあった。支那紙幣、金銀珠玉を通計したら、恐らく百万円は下らぬであろう。