手探りでは仕事が出来ぬ。ダンテスには窓の光があったのだ。光もなく、食もなく、どうして仕事が続けられるものか。しかも、石壁は決して一重ではない。厚さ一尺以上もある頑丈なものだ。
わしは、地上へ倒れ伏してしまった。もう泣かなかった。泣こうにも、身体中の水分が、一時間の労働で出尽してしまったのだ。涙の源がかれ果てたのだ。
数時間の間、わしは死んだ様に動かなかった。わしはウトウトと夢を見ていた。甘そうに、ホカホカと湯気の出ている饅頭の山を見た。えましげに、わしによりそって来る瑠璃子の姿を見た。なみなみと水をたたえた池を見た。食慾と愛情とが、交互にわしを責めさいなんだ。
やがて、空腹は遂に肉体的な痛みとなって現われて来た。胃の腑がえぐられる様に、キリキリと痛み出した。
わしは、しわがれた声をふり絞って、のたうち廻った。死に度い、死に度いと叫び続けた。死にまさる苦しみに耐え得なかったのだ。
では、自殺をすればよいではないか。
事実、わしは自殺を企てた。刃物がないので、例の燭台の先で胸を突こうとした。だが、皆さん。いくら苦しいからと云って、ピストルか、刃物なら兎も角、燭台などで自殺が出来ると思いますか。あんまりむごたらしい話ではありませんか。
わしはとうとう自殺を思い止まった。そして、その代りに、自殺よりも恐ろしいことを考え出した。
アア、わしはこれ丈けは云いたくない。死ぬ程恥かしいのだ。しかし、嘘があっては告白にならぬ。思い切って云ってしまおう。
わしはね、暗闇の中を、燭台を手にして、ノソノソと這い出したのだ。
少し這うと、並んでいる先祖の棺の内一番手前の一つにぶつかった。
それがわしの目的物であった。わしはいきなり燭台をふり上げて、その棺の蓋の上に打ちおろした。一振り、二振り、やがて、メリメリと音がして、蓋の板が破れた。
皆さん、わしは愈々気が違ったのだ。遠い遠い先祖の野獣に帰ったのだ。わしは、その棺を破って、一体全体、何をする積りであったと思います。