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白髪鬼(1)

时间: 2023-10-02    进入日语论坛
核心提示:白髪鬼 棺の底の階段を降りて、真暗な狭いトンネルを這って行くと、ポッカリ山の中腹へ抜出すことが出来た。入口は灌木の茂みに
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白髪鬼


 棺の底の階段を降りて、真暗な狭いトンネルを這って行くと、ポッカリ山の中腹へ抜出すことが出来た。入口は灌木の茂みに覆われ、外からは全く気づかれぬ様になっている。
 先ず頬に当るは吹馴染の海の風だ。その風を懐しく吸い込みながら、茂みを分けて這い出して見ると、中天に皎々(こうこう)たる月が懸り、見おろす海面には、美しい銀波が躍っている。サテは夜であったか。有難い有難い、この異様な経帷子の姿を、人に見られなくても済み相だ。
 それにしても一体何時頃かしら。町の方を眺めると、燈火がイルミネーションの様に美しく輝いている。ザワザワと盛り場を歩く人声さえ聞える様だ。まだ宵の内に違いない。
 小山の麓に、糸の様な小川が、月の光に、チロチロと輝きながら流れている。アア、水だ。今こそ幻でない本物の水にありついたのだ。
 わしは転がる様に、小山を下って、小川の縁へ這い寄った。何という美しい水だ。何という冷い水だ。何というおいしい水だ。
 両手で(すく)うと、手の中で月が躍った。わしはその銀色の月もろとも、甘露の様な水を飲んだ。掬っては飲み掬っては飲み、胃袋が冷たく重くなる程、何杯でも何杯でも飲んだ。
 あきるまで水を飲むと、わしは両手で口を拭きながら、川縁にシャンと立上って、遠く町の火を眺めた。
 アア、何たる歓喜! わしは今こそ、元の大牟田子爵に返ったのだ。美しい瑠璃子の夫なのだ。才人川村の友達なのだ。そして町第一の名望家として、市民の尊敬を受ける身の上だ。
 わしは嘗つて、地獄岩から落ちるまでの、新婚生活の二年間を、この世の極楽だと云ったけれど、今の喜びに比べては、あんなものは何でもない。あれが極楽なら、今の気持は極楽の極楽の極楽だ。
 わしは中天の月に向って、胸一杯の歓喜の叫びを上げた。嬉しさに、何かしら怒鳴らないではいられなかったのだ。神様許して下さい。墓穴の中で、あなたを呪ったわたしの罪を許して下さい。神様はやっぱりわたしを見守って下さったのだ。オオ、神様、わたしはあなたに、何と云ってお礼を申し上げたらよいのでしょう。
 サアこうなると一刻も早く瑠璃子の顔が見たい。あれはわしが生き返ったのを見て、どんな顔をするだろう。いつもの笑顔を十倍も嬉しそうにくずして、いきなりわしの胸へ飛びついて来るに違いない。そして、わしの(くび)を両手でしっかりしめつけて、嬉し泣きに泣き出すことだろう。それを思うとわしはもう、胸がワクワクして来るのだ。
 併し待てよ。まさかこの身なりでも帰れまい。町の古着屋で兎も角着物を着換えて行くことにしよう。それから食事だ。(やしき)に帰るなり妻の前でガツガツ飯を食うのも、極りが悪い。服装をととのえた上、どこか場末の小料理屋でコッソリ腹を(こしら)えて帰ることにしよう。
 妻に何遠慮があろう。経帷子で帰るのが世間体が悪ければ、使をやって、妻に着物を持って迎えに来させればよいではないか。みなさんはそうお考えなさるかも知れぬ。理窟はそれに違いない。だが、わしは恥かしながら妻に惚れていたのじゃ。腹が減って痩せおとろえ、土まみれの経帷子の姿では、どうにも逢いたくなかったのだ。せめて湯にでも入って、髭でもあたって、日頃の大牟田子爵になって帰り度かったのだ。
 わしは、そう心を極めると、もう一度墓穴に取って返し、例の海賊の財宝の中から、日本の紙幣を少しばかり抜き出して、それをふところに入れて、町の方へ歩き出した。
 仕合せなことには、わしは町の入口で、一軒のみすぼらしい古着屋を発見した。
 いきなり、ツカツカとその店へ入って行くと、薄暗い電燈の下で、コクリコクリ居眠りをやっていた老主人は、ハッと目を覚し、わしの異様な姿を見て、あっけにとられた体だ。
 白木綿の経帷子は、襦袢(じゅばん)だと云えば、それでも通る。わしは舟からおちて、着物を濡らして困っているのだと、妙な云い訳をして、古着を売ってくれる様に頼んだ。
 海岸の古着屋には、そんな客が間々あるものと見え、相手はさまで怪しまず、一枚の古袷(ふるあわせ)を出して()れた。
「それはお困りでしょう。一時の間に合せなら、この辺の所で如何(いかが)でしょう」
 わしはその着物を見ると、情なくなった。
「なんぼ何でも、それじゃ、あんまり地味すぎるよ」
 と云うと、亭主は妙な顔をして、ジロジロわしを眺めていたが、
「アハハハハハ、地味じゃございませんよ。あなたのお年配なれば、丁度この辺の所がお似合いです」
 わしはそれを聞くと、びっくりした。古袷は五六十の爺さんの着る様な縞柄(しまがら)だ。それがわしに似合いだとは、あんまり失敬な云い草ではないか。
 よっぽど叱り飛ばしてやろうかと思ったが、この親爺(おやじ)があんなことを云う所を見ると、ひょっとしたら墓場の中の苦しみで、わしの相好(そうごう)が変り、年寄りじみて見えるのかも知れぬと気づいたので、鏡はないかと尋ねると、土間の突当りに古ぼけた姿見が懸っているのを、教えてくれた。

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