わしは悲しかった。イヤ、あんまりみじめな我が境遇が、おかしい位だった。
「ですが、大牟田さんも、今お死になすったのが、結句仕合せかも知れませんよ。永生すれば奥様が奥様ですからね。いいことはありますまい。このわたしと同じ様に、世をはかなむ様なことになったかも知れません」
主人は、何か述懐めいたことを云って、商人にも似合わずうちふさぐ様子だ。
わしはそれを聞くと、実に異様な感じがした。聞捨ならぬ言葉だ。
「奥様が奥様とは何の事だね、エ、御主人」
わしは強いて何気ない声で聞返した。
「高い声では申せませんが、大牟田の若様は申分のない方でしたが、それに引きかえ、奥様の方は、どうもちと、……」
と言葉をにごす。
奥様とは云うまでもなく、我が妻瑠璃子のことだ。あのいとしい瑠璃子を「奥様がどうもちと」とはけしからぬ云い草だ。こいつ気でも違ったのではないかと、腹立しく思ったが、先を聞かねば、何となく気になるものだから、
「奥様がどうかしたのかね」
と尋ねると、主人は待ってましたと云わぬばかりに喋り出す。
「どうもせずとも、あの美しい顔がいけないのです。男の目には、天女の様にも見えましょうけれど、天女だって油断が出来ませんからね」
益々異様な言葉に、わしはもう目の色を変えて、
「それはどういう訳だ。お前さん何か知っているのか」
と主人につめよった。
アアこの老人、我が妻瑠璃子について、抑も何を語ろうとするのであろう。