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二重の殺人(1)_白发鬼_江户川乱步_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网

时间: 2024-10-24    作者: destoon    进入日语论坛
核心提示:二重の殺人 町の端から端まで歩いたとて、高の知れた小都会のことだから、半病人のわしにも、程遠からぬ邸にたどりつくのに、さ
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二重の殺人


 町の端から端まで歩いたとて、高の知れた小都会のことだから、半病人のわしにも、程遠からぬ邸にたどりつくのに、さして暇はかからなかった。
 来て見ると、大牟田邸の表門はピッタリと閉され、昼の様な月光が、大きな(ひのき)の扉を白々と照らしていた。門内には何の物音もなく、如何(いか)にも主人を失った喪中の邸といった感じだ。瑠璃子は、定めし一間にとじこもって、あの美しい顔を涙にぬらし、わしの位牌(いはい)とひそひそ話をしていることであろう。アア可哀相に、だが、わしが、生き返ったと知ったら、どんなに喜ぶだろう。きっと泣きわめきながら、わしにすがりついて来るに違いない。
 別人の様に変りはてた、わしの姿を見て、さぞかしびっくりするだろう。歎くだろう。しかし、顔や形が変ったとて、あれ程愛し愛された心まで変るものでない。瑠璃子はわしの恐ろしい顔を見て驚きこそすれ、怖がったり、いやに思ったりする筈はない。あれは決してそんな薄情な女ではないのだ。
 とは云え、このまま表門から這入ったのでは、あんまり不意打ちだし、この身なりが召使達に恥しい。裏門から庭伝いに瑠璃子の居間に忍び寄り、ソッと障子(しょうじ)を叩いてやりましょう。どんなにびっくりするだろう。そして、どれ程喜ぶことだろう。
 わしは高い生垣に沿って裏の方へよろめいて行った。裏に行く程木が茂って、月影をさえぎり、道も分らぬ暗さだ。裏門の戸を押すと、いつもの様に何なく開いた。よく川村が遊びに来て、夜ふかしをすると、この裏門を開けさせて置いて、ここから帰ったものだが、すると、彼は今夜も瑠璃子を慰める為にやって来ているのかしら。
 裏門を這入ると、両側にコンモリとした灌木の茂みが並んで、昼も小暗い小径になっている。わしは暑い日など、愛読の哲学書を携え、この小径をさまよって、先哲と物語をした仙境である。
 わしは夢の如く(うつつ)の如く、よろめきよろめき進んで行ったが、小径が尽きて広い庭へ出ようとする所まで達すると、茂みの向側からふと人の声が聞えて来た。
 アア皆さん、それを誰の声だったと思います。わしは耳を澄さぬうち、早くも脳天をうちのめされた様に、ハッとして立ちすくんでしまった。
 瑠璃子だ。瑠璃子の声だ。五日間の生埋の(あいだ)、一瞬たりとも忘れなかった、わがいとしの妻の声だ。
 わしは破れ相に高鳴る心臓を押えて、ソッと茂みの間から覗いて見た。
 いる。いる。確に瑠璃子。我妻瑠璃子。白っぽい着物を着て、嬉しげに微笑した美しい顔を、惜げもなく月光にさらして、しずしずとこちらへ歩いて来る。
 わしは思わず「瑠璃さん」と叫んで、茂みを飛び出そうとした。危い危い。すんでのことで声を立て、姿を現わすところだった。
 その咄嗟(とっさ)の場合、うしろからわしを引止めたものがある。人間ではない。わし自身の心が――一種異様な疑いの心が、わしを引止めたのだ。
 というのは、夫を失って悲歎に暮ていなければならない筈の瑠璃子が、さも呑気らしく、微笑さえ浮べて、月夜の庭園(にわ)のそぞろ歩きをしているとは、ちと変ではないか。夢にも予期しなかった体たらくだ。
 イヤ。待てよ。悲しみが極まると、人は一時狂気に陥ることがある。か弱い瑠璃子は、若しかしたら、わしを失った悲しさに、気でも違ったのではあるまいか。
 (おろか)にも、わしはそこまで気を廻した。
 気が違ったのなら、いと安いことだ。わしが茂みから飛び出して、しっかり抱きしめてやったなら、嬉しさに、元の瑠璃子に返るは必定だ。
 と、わしは隠れ場所から身を現わそうとしたが、その時又も目に留まるは、瑠璃子の(そば)に、(から)みつく様にして歩いて来る我が弟、イヤ弟よりもなお親しい、わしの唯一人の親友、川村義雄の姿であった。
 川村は一方の手で瑠璃子の手を握り、残る片手を瑠璃子の腰に廻して、夫婦でさえ人目をはばかる程の有様で、さも(むつま)じく歩いて来るのだ。
 わしが如何に馬鹿者でも、これを見て、川村と瑠璃子と二人共、気が違ったのだと考える程愚ではない。彼等は愛し合っているのだ。わしが変死をとげたのを幸、不義のちぎりを結んでいるのだ。
 皆さん、その時のわしの気持を察して下さい。今でもあのくやしさは忘れられぬ。こうしていても、ひとりでに拳が握られて来る程だ。
 アア、こんなことと知ったなら、何苦しんで墓穴を抜け出して来ようぞ。あのまま地中の暗黒界に飢え死んだ方が、どれ程ましであったか知れぬ。穴の中の恐ろしさ苦しさも、今妻の不義を見せつけられた(せつ)なさに比べては、物の数ではなかった。
 あの時、わしの怒りが半分も軽かったなら、わしはきっと、我を忘れて「不義者()」と叫びさま、茂みを飛出し、彼等両人(ふたり)を掴み殺しもしたであろう。
 併し、わしの怒りは、その様な世間一般の怒りではなかった。真の怒りは無言である。物云うことも忘れ、身動きすることも忘れ、我身がそこにあることさえ打忘れて、わしは化石した様にほし固まってしまった。

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