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朱凌谿(1)_白发鬼_江户川乱步_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网

时间: 2024-10-24    作者: destoon    进入日语论坛
核心提示:朱凌谿その翌日、わしは長崎通いの定期船に乗り込んで、S市を離れた。一夜を泣き明かし、呪い明かし、考えあかして、わしは遂に
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朱凌谿


その翌日、わしは長崎通いの定期船に乗り込んで、S市を離れた。
一夜を泣き明かし、呪い明かし、考えあかして、わしは遂に復讐の大決心を立てたのだ。
悪人共は悪人なるが故に、益々美しく、愈々幸福だ。わしは善人なるが故に、益々醜く、しかも不幸のどん底に突きおとされた。こんな不合理なことがあるものか。最早(もはや)神も頼むには足らぬ。わしはわしの力で彼等に天罰を加えてやるのだ。それも、決して並々の天罰ではない。
ただ彼等を罰するのなら、ちゃんと国家の法律というものがある。わしは裁判所に申出て、彼等を罰し、わしの財産を取戻すことが出来るのだ。
だが国家の刑罰というものは、如何なる極重悪人に対しても、なるべく痛くない様に首を絞めて、くびり殺すのがせいぜいだ。それ以上の刑罰はない。わしが墓穴の五日間に味った様な、僅な日数の間に漆黒の頭髪が一本残らず白髪(しらが)になる様な、そんな残酷な刑罰があるものではない。
それではわしの心がいえぬ。わしは先祖代々の気性通り、受けた丈けの苦しみを、先方に返さないでは承知が出来ぬのだ。目をくり抜かれたら、わしもまた相手の目の玉をくり抜き、歯を抜かれたら歯を抜いて返さないでは、この胸がおさまらぬのだ。
わしは姦夫姦婦の為に、家庭を奪われ、財産を奪われ、容貌を奪われ、命まで奪われた上、あの地底の墓穴での、歴史上に前例もない様な、むごたらしい生地獄の責苦を(あじわ)わされた。これが国家の刑罰などで、つぐなわれてたまるものか。
わしは自分でやるのだ。神も頼みにはならぬ、法律も不満足だ。思う存分この(かたき)をとる為には、わしが自身で計画し、自身で実行する(ほか)はない。
わしは最早人間ではない。人間大牟田敏清は死んでしまったのだ。残っているのは復讐の一念ばかりだ。文字通りわしは復讐の鬼となり終った。復讐鬼にはこの恐ろしい白髪の老人が何と似つかわしいことであろう。
わしは夜明け前に、再びあの墓穴に忍び込んで、朱凌谿の宝庫の中から、持てる丈けの金貨紙幣を取り出して、風呂敷包にし、それを携え長崎通いの船に乗った。よくも勘定出来なかったが、大凡(おおよそ)二十万円もあったであろうか。外に宝石類も幾つか風呂敷包の中へ忍ばせて来た。
他人の財宝とは云え、相手は盗賊だ。しかもわしの家の墓地で発見したものだ。気はすまぬけれど、返せというものもなかろう。それに私慾で盗むのではない。天に代って復讐の使命を果す為に借用するのだ。侠盗朱凌谿もわしを許してくれるであろう。
長崎に上陸すると、市内第一の洋服店で、出来合ではあったが、最上等の洋服を買い求め、なお附近の雑貨店でシャツ類、帽子、靴、鞄に至るまで取揃え、上流紳士の身なりをととのえた。
身なりが出来ると、わしはその日の内に上海行きの大汽船の一等船客となった。
上海では第一流のホテルを選んで宿泊し、ボーイなどにも充分の祝儀を与えて、贅沢な部屋を借り受けた。南米帰りの大金持で、日本への帰途、この地に立寄ったというふれ込みだ。
名前も大牟田ではない。里見重之(さとみしげゆき)と改めた。これはわしの母方の親戚に実在した人物で、家柄は仲々よかったのだが、非常な貧乏で、親族つき合いも出来ぬ所から、わしの子供の時分奮発をして単身南米に渡り、それ切り音信が絶えて、彼の地で死亡したと信じられている人だが、それは実は死んだのではなくて、莫大な財産を作り上げ、故郷へ帰って来たという筋書である。里見重之には兄弟もなく、その家は跡が絶えて、位牌などもわしの家の仏壇に飾ってあった程だから、生きていて帰って来たといっても、誰一人怪しむものはない訳だ。
ホテルの部屋が()まると、先ず第一に上海一と言われる洋服裁縫師を呼び寄せて、数着の贅沢な着替えを註文した。それから鞄に一杯の大金を銀行に持参して、里見重之の名で預け入れた。
さてこれからは、わしの姿を変える仕事だ。わしの容貌や声音から、大牟田敏清の影を完全に追い出してしまう仕事だ。
無論わしは昔日の大牟田敏清ではない。いつか古着屋の親爺が、わしを前に置いて、他人のことの様にわしの噂をしたのでも分る様に、変り果てた白髪の老人だ。のみならず、わしは已に死亡して、葬式まで行われた人間だ。誰もわしを大牟田子爵のなれの果てと疑うものはないかも知れぬ。
併しそれは、一般世人に対してのこと。我妻瑠璃子、我親友川村義雄をあざむくには、用心の上にも用心をしなければならぬ。彼等の心に少しでも疑いを起させては、折角のはかりごとも水の泡だ。
そこでわしは、頬から顎にかけての特徴を隠す為に、口髭と顎髯をのばすことにした。髭も頭程ではないが、殆ど白くなっていたので、それをのばせば、わしの健康が恢復して、顔の肉づきがよくなったとしても、まず見破られる気遣いはない。
だがただ一つ心配なのは、最もよく個性を現わす両の目だ。しかもわしの目はごらんの通り人並より大きくて、一度見たら忘れられぬ様な特徴を持っているのだ。瑠璃子や川村には、この目丈けでわしを見分けるに充分であろう。これを何とか隠す工夫をしなければならぬ。よしよし、黒眼鏡をかけることにしよう。南米の暑い日に照らされて眼病にかかり、直接日の光を見るに耐えぬといってごまかせばよい。
わしは眼鏡(めがね)屋に命じて、金縁の大きな黒眼鏡を作らせ、それをかけて鏡に向って試して見たが、これならば大丈夫だ。髪を見れば七十にも近い老人だが、皮膚がそれ程でもないから、まず五十前後の中老人という年配だ。殊に黒眼鏡が顔全体を、何となく不気味な相好に見せているのもお誂え向きだ。
さて、形はこれで整ったが、次には、声や言葉つき、その他平常(ふだん)の振舞も、出来る丈け変えてしまう必要がある。一体わしは日本人にしては喜怒の色に現われ易いたちで、一寸(ちょっと)したことにも大袈裟に嬉しがったり、悲しんだりする方だが、先ずこれを改めなければならぬ。すぐに心を顔に出す様では、復讐の大事業がなしとげられるものではない。
で、わしは声も陰気な含み声にし、言葉の訛りも変え、態度は出来る丈け冷淡に、物に動ぜぬ練習を始めた。
のは無論わしのことに違いない。彼の目は刺す様にわしの黒眼鏡を見つめているのだから。
アア、何という恐ろしい奴だ。この海賊は、誰知るまいと思っていた、わしの大秘密を、たった一目で見破ってしまったのかしらん。
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