瓶詰めの嬰児
さて、愈々復讐劇の序幕を開く時が来た。ある日わしは次の様な招待状を発して、ホテルへ三人の客を集めた。
老生此度郊外にささやかなる別荘を買求め候については来る十五日別荘開きの小宴を催し度当日午後一時Sホテルまで御光来を得ば老生の喜び之に過ぎず候尚別荘へはホテルより自動車にて御同道申上ぐる予定に有之候。
わしの招待状によって当日集まった客というのは、川村義雄、大牟田瑠璃子、住田医学士の三人であった。住田医学士は、莫大な礼金をせしめて瑠璃子の仮病を見て見ぬ振りでいた、元のY温泉の開業医である。人数が揃うとわし達主客は、当時全市にたった三台しかなかった自動車に同乗して目的地に向った。
「僕達は三人とも、まだその別荘の所在地を伺っていない様ですが。妙ですね、里見さんは、態とそれを隠していらっしゃる様に見えるではありませんか」
自動車が市街を出はずれる頃になって、川村がふとそれに気づいて変な顔をして尋ねた。
「あなた方をびっくりさせて上げようと思ってね。アハハハハハハ」
わしはさもおかし相に笑った。
「アア、その別荘はきっと意外な場所にあるのですわ。若しかしたら私達の知っている家かも知れませんわね。里見さん、一体誰からお買取りなさいましたの」
瑠璃子が興がって尋ねた。
「誰からですか、わしはよく存じません。秘書役の志村が万事取計らってくれましたのでね」
わしは余り笑ってはいけないと思いながら、つい唇の隅に妙なニヤニヤ笑いを浮べないではいられなかった。
自動車はでこぼこの田舎道を揺れながら進んで行った。進むにつれて、岐路がなくなり、段々我々の進路がハッキリして来た。
暫くすると、川村が頓狂な声で、
「オヤ、この道はY温泉へ出る街道じゃありませんか」
と叫んだ。
「なる程、おっしゃる通りだ。では、御別荘はY温泉の近くにお求めなすったのですね」
住田医学士が合槌を打つ。
「当りました。その通りですよ。わしの新別荘はY温泉のはずれにあるのです」
わしの答えを聞くと、川村と瑠璃子とが不安らしくチラと目を見交わした。二人ともそれからは黙り込んでしまって、顔色も何となく優れぬ様に見えた。
「サア皆さん、わしの買入れた家というのはここですよ」
自動車がとまったのは、外ならぬ例の大牟田家の小別荘の前であった。瑠璃子が長らく湯治に来ていた家だ。つい近頃その庭に不義の子の死骸が埋めてあることを発見した家だ。
わしは莫大な費用を使ってこの家を手に入れた。大牟田家では是非なければならぬという程の別荘でもないので、とうとう手離すことになった。瑠璃子は今ではあてがい扶持の別邸住いなので、ついそのことを知らずにいたのだ。
案の定、姦夫姦婦の驚きは見るも気の毒な程であった。彼等は車を降りると、真青な顔をして何かヒソヒソ囁いている。
「ナアニ偶然だよ。まさか里見が例の一件を知っている筈もなし。しっかりなさい。ここで妙なそぶりをすれば、却って疑いを受ける元だ。平気でいなければいけない」
川村は多分そんな風に瑠璃子を励ましているのだろう。
「サア皆さん、どうかお這入り下さい」
わしは先に立って門内へ這入って行った。玄関には先着の志村が新しい女中達を従えて出迎えている。もうこうなったら、川村も瑠璃子も、引返す訳には行かぬ。ビクビクしながらも、まさかあの恐ろしい嬰児殺しの秘密がばれていようとは知る由もなく、たかを括って客間に通った。
客間は襖から畳からすっかり新しくなって、見違える様に美しく飾られている。志村がわしの命令通り計らったのだ。
「里見さん、実に奇縁です。あなたはご存知なかったかも知れませんが、この別荘はもと大牟田家の持家だったのですよ。ここにいらっしゃる瑠璃子夫人なぞも、この家に長い間滞在されたことがあります」
住田医学士が何の気もつかず、お世辞のつもりで痛いことを喋り出した。
「エエ、そうですわ、わたくし、この別荘を売りに出したことを少しも存じませんで。……それにしても不思議なご縁でございますわね。わたくしが病を養って居りました部屋もついこの向うにございますわ」
流石は妖婦、いつか顔色をとり直し、平然と応対している。
「オヤオヤ、そうでしたか。こいつは大縮尻だ。志村の奴わしに何も云わないものですから、非常に失礼しました」
わしが白々しく詫びて見せると、相手もさるものじゃ。
「イイエ、同じ人手に渡るにしましても、あなたがお求め下さいましたので、こんな仕合せはございません。いつでも見たい時には見せて頂けますもの」
とバツを合せて来る。
「それでは、座敷をお見せするにも及びませんが、併し、中には模様替えをした部屋もあり、少しも手をつけないで元の風情を残した部屋もあり、いく分は様子が変っているかも知れませんから、一通りご案内致しましょう。瑠璃子さんのご病室なども、思い出深いものがあるでしょう」