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三つの棺桶

时间: 2023-10-07    进入日语论坛
核心提示:三つの棺桶「サア、わしの宝石箱は少々風変りだよ。これだ。この中をごらん」 蝋燭の赤茶けた光りに揺れて、暗闇の洞窟の床に、
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三つの棺桶


「サア、わしの宝石箱は少々風変りだよ。これだ。この中をごらん」
 蝋燭の赤茶けた光りに揺れて、暗闇の洞窟の床に、三つの大寝棺が並んでいた。無論墓穴の奥は深くて、十幾つの棺桶が安置してあるのだけれど、それは闇に隠れて見えず、ただ三つの寝棺丈けが、殊更そこへ引出し並べた様に、燭台の下にかたまっているのであった。
 わしは、その棺の一つの蓋を持上げて、瑠璃子をさし招いた。瑠璃子は怖々薄暗い棺の中を覗き込んだ。
 その棺というのは外でもない、例の海賊朱凌谿の贓品(ぞうひん)箱だ。わしがそれまでに持出したのは、主として紙幣や金貨であったから、宝石類はそっくりそのまま残っている。しかもわしは予め布袋を破って、無数の珠玉を、河原の砂の様に、棺の上面へ並べて置いたので、薄暗い蝋燭の光とは云え、棺の中は、まるで天井の星を一ところに集めたかと疑われる美しさであった。そこを覗き込んだ瑠璃子が、「マア……」と息を呑んで、一刹那化石した様に動かなくなったのも決して無理ではなかった。
「見ていないで、触ってごらん。ガラス玉やなんかでないのだよ。一粒一粒が一身代に相当する程の名玉ばかりなのだよ」
 わしに云われて、瑠璃子はやっと正気に返った様に、オズオズと手を伸ばして、宝石を掴み上げた。掴み上げてはサラサラとこぼし、掴み上げてはサラサラとこぼした。その度毎(たびごと)に、彼女のしなやかな白い指のまわりに、五色の虹が立つのであった。
「マア、この宝石が、みんなあなたのもの?」
 流石(さすが)の妖婦も、目がくらんで、放心して、子供みたいな口の利き方をした。
「ウン、わしのものだよ。そして、今日からは、わしの妻であるお前のものだよ。これがみんなお前の好き勝手に出来るのだよ」
「マア、嬉しい!」
 瑠璃子は他愛なく相好(そうごう)をくずし、子供の様に躍り上って喜んだ。嬉しさに手を叩かんばかりであった。
 アア、宝石の魅力の恐ろしさよ。瑠璃子程の妖婦を、まるで十歳の少女の様に、真底から喜ばせ、有頂天にしてしまったではないか。闇夜の怖さも、墓場の物凄さも、キラキラ光る鉱物の魅力に比べては、物の数ではなかった。
 瑠璃子の頬は昂奮の為に桜色であった。目は貪慾に燃え輝いた。そして、あの笑顔! わしは瑠璃子のこんなに愛らしい笑顔を、まだ一度も見たことはなかった。
「夢見たいだわ。お伽噺(とぎばなし)みたいだわ。あたし女王様にでもなった様だわ」
 彼女は世迷言(よまいごと)を呟きながら、飽かず宝石を弄んでいたが、やがて、ふと気がついた様に、残り二つの棺桶に目を注いだ。
「あなた、こちらの箱にも、やっぱり宝物が入っていますの?」
「ウン、又別の宝物が入っているのだ。お前その燭台を持ってこちらへ来てごらん。わしが蓋をあけて見せて上げるから」
 瑠璃子は云われた通りにして、第二の棺の開かれるのを待った。
「ソラ、のぞいてごらん」
 わしは重い蓋を持上げて、やさしく云った。
 瑠璃子は、蝋燭をさしつける様にして、棺の中を覗き込んだ。覗き込んだかと思うと、はね返される様に飛びのいた。燭台が手を離れて地上にころがった。
「何だか変なもの。あれ何ですの」
 彼女は今にもワッと泣き出し相な震え声で尋ねた。
「もう一度よく見てごらん。お前にとっては宝石よりも大切な宝物だよ」
 わしは転がった燭台を拾い上げ、それで棺の中を照らしながら云った。
 瑠璃子は遠くから、及び腰になって、その変なものを覗き込んだ。
「マア、死骸! 気味が悪い。早く蓋をして下さい。()しやそれは……」
「お前の先の旦那様ではないよ。ごらん、顔なんか生前のままだ。お前の旦那様の大牟田子爵の死骸なら、こんなに新しくはない筈だよ」
 瑠璃子は、段々真剣な顔になって、その死骸をじっと見つめていたが、彼女の相好は見る見る変って行った。そして、震える唇が大きく開いたかと思うと、何とも云えぬ物凄い叫び声が洞窟にこだました。彼女は両手を目に当てて、遠くの隅へ走って行った。あとからお化けが追駈けてでも来る様に。
「瑠璃子! お前の情人と、お前がそのおなかから産み落した赤ん坊の死骸だ。分ったか」
 わしは、突然大牟田敏清の声になって、重々しく云い放った。
 その棺の中には、川村義雄の死骸が、腐りただれた不義の嬰児を抱いて横わっていた。わしが予めY温泉の別邸から運んで置いたのだ。
 瑠璃子は、わしの声を聞くと、機械仕掛けの様にクルッと振返った。彼女はもう怖がってはいなかった。忽ち夜叉(やしゃ)の形相となって、わしに食ってかかった。
「あなたは誰です。こんなものを見せて、あたしをどうしようというのです」
「わしが誰だって? ハハハ……、お前はこの声を聞き覚えがないと見えるね。わしが誰だかということはね。サアごらん、この第三の棺桶を見れば分るのだよ。ホラ、蓋がこわれているだろう。そして中は空っぽじゃないか。この棺は一体誰を葬ったんだろうね。その死人は棺の中で生返ったかも知れないぜ。そして、もがきにもがいて棺を破り、この墓穴を抜け出したかも知れないぜ」
 瑠璃子は(うつ)ろな目でわしの顔を見つめたまま立ちすくんでしまった。彼女にもやっと事の仔細が分り始めたのだ。
「覚えているかね。わしは昨日お前に三つの約束をした。第一はわしの財宝を見せること、第二は川村義雄に逢わせること。そして第三はホラ、この黒眼鏡をはずすことだったね」
 わしは眼鏡をかなぐり捨て、大牟田敏清の眼をむき出しにして、ハッタと姦婦を(にら)みつけた。
 アアわしは、その時瑠璃子の顔に浮んだ様な、身の毛もよだつ恐怖の表情を見たことがなかった。おどしつけているわし自身さえ、余りの物凄さに、ゾッと冷水をあびせられた感じであった。
 そして、彼女は声も立てず、そのままシナシナと、まるで白百合がしぼむ様に、地上にくずれてしまった。
 瑠璃子は三たび気を失ったのだ。

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