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虫(1)_虫_江户川乱步_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网

时间: 2024-10-24    作者: destoon    进入日语论坛
核心提示:蟲江戸川乱歩一 この話は、柾木愛造(まさきあいぞう)と木下芙蓉(きのしたふよう)との、あの運命的な再会から出発すべきであるが
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江戸川乱歩


 この話は、柾木愛造(まさきあいぞう)木下芙蓉(きのしたふよう)との、あの運命的な再会から出発すべきであるが、それについては、()ず男主人公である柾木愛造の、いとも風変りな性格について、一言(いちごん)して置かねばならぬ。
 柾木愛造は、(すで)に世を去った両親から、幾何(いくばく)の財産を受継(うけつ)いだ一人息子で、当時二十七歳の、私立大学中途退学者で、独身の無職者であった。ということは、あらゆる貧乏人、あらゆる家族所有者の、羨望(せんぼう)(まと)である所の、此上(このうえ)もなく安易で自由な身の上を意味するのだが、柾木愛造は不幸にも、その境涯(きょうがい)を楽しんで行くことが出来なかった。彼は世に(たぐい)もあらぬ厭人病者(えんじんびょうしゃ)であったからである。
 彼のこの病的な素質は、一体全体どこから来たものであるか、彼自身にも不明であったが、その徴候(ちょうこう)は、既に(すで)に、彼の幼年時代に発見することが出来た。彼は人間の顔さえ見れば、何の理由もなく、眼に一杯涙が()き上った。そして、その内気さを隠す為に、あらぬ天井を眺めたり、()(ひら)を使って、誠に不様(ぶざま)な恥かしい格好をしなければならなかった。隠そうとすればする程、それを相手に見られているかと思うと、一層おびただしい涙がふくれ上って来て、遂には、「ワッ」と叫んで、気違いになってしまうより、どうにもこうにも仕方がなくなる。といった感じであった。彼は肉親の父親に対しても、(うち)召使(めしつかい)に対しても、時とすると母親に対してさえ、この不可思議な羞恥(しゅうち)を感じた。(したが)って彼は人間を避けた。人間が(なつか)しい(くせ)に、彼自身の恥ずべき性癖を恐れるが(ゆえ)に、人間を避けた。そして、薄暗い部屋の隅にうずくまって、身のまわりに、積木のおもちゃなどで、可憐(かれん)な城壁を築いて、独りで幼い即興詩を(つぶや)いている時、(わず)かに安易な気持になれた。
 (とし)(ちょう)じて、小学校という不可解な社会生活に入って行かねばならなかった時、彼はどれ程か当惑し、恐怖を感じたことであろう。彼は誠に異様な小学生であった。母親に彼の厭人癖を悟られることが()(がた)く恥しかったので、独りで学校へ行くことは行ったけれど、そこでの人間との戦いは実に無残なものであった。先生や同級生に物を()われても、涙ぐむ(ほか)に何の(すべ)をも知らなかったし、受持の先生が他級の先生と話をしている内に、柾木愛造という名前が()れ聞えた()けで、彼はもう涙ぐんでしまう程であった。
 中学、大学と進むに従って、このいむべき病癖は、少しずつ薄らいでは行ったけれど、小学時代は全期間の三分の一は病気をして、病後の養生(ようじょう)にかこつけて学校を休んだし、中学時代には、一年の内半分程は仮病を使って登校をせず、書斎をしめ切って、家人の這入(はい)って来ない様にして、そこで小説本と、荒唐無稽(こうとうむけい)な幻想の(うち)に、うつらうつらと日を暮らしていたものだし、大学時代には、進級試験を受ける時の外は、(ほとん)ど教室に這入ったことがなく、と云って、他の学生の様に様々な遊びに(ふけ)るでもなく、自宅の書庫の、買い集めた異端の書物の(ちり)(うず)まって、(しか)し、それらの書物を読むというよりは、虫の食った青表紙や、十八世紀の洋紙や皮表紙の(にお)いをかぎ、それらの(かも)し出す幻怪な大気の中で、益々(ますます)(こう)じて来た病的な空想に耽り、昼と夜との見境(みさかい)のない生活を続けていたものである。

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