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虫(5)

时间: 2023-09-19    进入日语论坛
核心提示:「これを彼女に手渡す本人はかの腕白少年であるけれど、書いているのは正(まさ)しく私だ。私はこの代筆によって、私自身の本当の
(单词翻译:双击或拖选)

「これを彼女に手渡す本人はかの腕白少年であるけれど、書いているのは(まさ)しく私だ。私はこの代筆によって、私自身の本当の心持を書くことが出来る。あの娘は私の書いた恋文を読んでくれるのだ。仮令先方では気づかなくても、私は今、あの娘の美しい幻を描きながら、この巻紙の上に、思いのたけを(うち)あけることが出来るのだ」この考が彼を夢中にしてしまった。彼は長い時間を費して、巻紙の上に涙をさえこぼしながら、あらゆる思いを書き(しる)した。腕白少年は翌日そのかさばった恋文を、木下文子に渡したが、それは恐らく文子の母親の手で焼き捨てられでもしたのであろう。其後(そのご)快活な文子のそぶりにさしたる変りも見えず、腕白少年の方でも、いつかけろりと忘れてしまった様子であった。ただ、代筆者の柾木少年丈けが、いつまでも、クヨクヨと、甲斐(かい)なく打捨てられた恋文のことを、思いつづけていたのである。
又、それから間もなく、こんなこともあった。恋文の代筆が彼の思いを一層つのらせたのであろう。余りに堪え難い日が続いたので、彼は誠に幼い一策を案じ、人目のない折を見定めて、ソッと文子の教室に忍び込み、文子の机の上げ(ぶた)を開いて、そこに入れてあった筆入れから、一番ちびた、殆ど用にも立たぬ様な、短い鉛筆を一本盗み取り、大事に家へ持帰ると、彼の所有になっていた小箪笥の開きの中を、綺麗(きれい)に清め、今の鉛筆を半紙に包んで、まるで神様ででもある様に、その奥の所へ祭って置いて、淋しくなると彼は、開き戸をあけて、彼の神様を拝んでいた。その当時、木下文子は、彼にとって神様以下のものではなかったのである。
その(のち)文子の方でもどこかへ引越して行ったし、彼の方でも学校が変ったので、いつか、忘れるともなく忘れてしまっていたのだが、今池内光太郎から、木下文子の現在を聞かされて、相手は少しも知らぬ事柄ではあったけれど、そのような昔の恥かしい思出に、彼は思わず赤面してしまったのであった。
雑沓(ざっとう)中の孤独といった気持の好きな、柾木の様な種類の厭人病者は、浅草公園の群集と同じに汽車や電車の中の群集、劇場の群集などを、寧ろ好むものであったから、彼は芝居のことも世間並には心得ていたが、木下芙蓉と云えば、以前は影の薄い場末(ばすえ)の女優でしかなかったのが、最近ある人気俳優の新劇の一座に加わってから、グッと売出して、立女形(たておやま)ではないけれど、顔と身体の圧倒的な美しさが、特殊の人気を呼んで、一座の女優中でも、二番目ぐらいには羽振(はぶ)りのよい名前になっていた。柾木は、かけ違って、まだ彼女の舞台を見てはいなかったが、彼女についてこの程度の智識は持っていた。
その人気女優が、昔々の幼い恋の相手であったと分ると、厭人病者の彼も、少しばかり浮々(うきうき)して、彼女が懐しいものに思われて来るのであった。それが今では、池内光太郎の恋人であろうとも、どうせ彼には出来ない恋なのだから、一目彼女の舞台姿を見て、一寸女々(めめ)しい気持になるのも、悪くないなと感じたのである。
彼等がK劇場の舞台で、木下芙蓉を見たのは、それから三四日の後であったが、柾木愛造に取っては、誠に幸か不幸か、それは丁度立女形の女優が病気欠勤をして、その持役のサロメを、木下芙蓉が代演している際であった。
二匹の(たい)が向き合っている様な形をした、非常に特徴のある大きな目や、鼻の下が人の半分も短くて、その下に、絶えず打震えている、やや上方にまくれ上った、西洋人の様に自在な曲線の唇や、殊にそれが、婉然(えんぜん)と微笑んだ時の、忘れ難き魅力に至るまで、その昔の(おもかげ)をそのまま(とど)めてはいたけれど、十幾年の歳月は、可憐なお下げの小学生を、恐ろしい程豊麗(ほうれい)な全き女性に変えてしまったと同時に、その昔の無邪気な天使を、柾木の神様でさえあった聖なる乙女(おとめ)を、いつしか、妖艶(たぐい)もあらぬ魔女と変じていたのである。
柾木愛造は、輝くばかりの彼女の舞台姿に、最初の程は、恐怖に近い圧迫を感じるばかりであったが、それが驚異となり、憧憬(あこがれ)となり、(つい)に限りなき眷恋(けんれん)と変じて行った。大人の柾木が大人の文子を眺める目は、最早(もは)や昔の様に聖なるものではなかった。彼は心に恥じながらも、知らず()らず舞台の文子を(けが)していた。彼女の幻を愛撫し、彼女の幻を抱き、彼女の幻を打擲(ちょうちゃく)した。それは、隣席の池内光太郎が彼の耳に口をつけて、(ささや)き声で、芙蓉の舞台姿に、野卑(やひ)な品評を加え続けていたことが、彼に不思議な影響を与えたのでもあったけれど。
サロメが最終の幕だったので、それが済むと、彼等は劇場を出て、迎えの自動車に這入ったが、池内は独り心得顔に、その近くのある料理屋の名を、運転手に指図した。柾木愛造は池内の下心を悟ったけれど、一度芙蓉の素顔が見たくもあったし、サロメの幻に圧倒されて、夢うつつの気持だったので、()いて反対を(とな)えもしなかった。
彼等が料理屋の広い座敷で、上の空な劇評などを()わしている内、(あん)(じょう)、そこへ和服姿の木下芙蓉が案内されて来た。彼女は(ふすま)の外に立って、池内の見上げた顔に、ニッコリと笑いかけたが、ふと柾木の姿を見ると、作った様な不審顔になって、目で池内の説明を求めるのであった。
「木下さん。この方を覚えてませんか」
池内は意地悪な微笑を浮べて云った。
「エエ」
と答えて、彼女はまじまじした。

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