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虫(8)_虫_江户川乱步_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网

时间: 2024-10-24    作者: destoon    进入日语论坛
核心提示: だが、池内という仲立(なかだち)にそむかれては、手も足も出ない彼であったから、そうして、芙蓉と会わぬ日が長引くに従って、
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 だが、池内という仲立(なかだち)にそむかれては、手も足も出ない彼であったから、そうして、芙蓉と会わぬ日が長引くに従って、耐え難き焦燥(しょうそう)を感じないではいられなかった。三日に一度は、三階席の群集に隠れて、ソッと彼女の舞台姿を見に行ってはいたけれど、そんなことは、寧ろ焦慮を増しこそすれ、彼の(はげ)しい恋にとって、何の慰めにもならなかった。彼は多くの日、例の土蔵の二階へとじ籠って、ひねもす、夜もすがら、木下芙蓉の幻を描き暮した。目をふさぐと、まぶたの裏の暗闇の中に、彼女の様々な姿が、大写しになって、悩ましくも(うごめ)くのだ。小学時代の、天女の様に清純な笑顔にダブッて、半裸体のサロメの嬌笑が浮き出すかと思うと、金色の乳覆いで蓋をした、サロメの雄大な胸が、波の様に息吐(いきづ)いたり、(えくぼ)のはいったたくましい二の腕が、まぶた一杯に蛇の踊りを踊ったり、それらの、おさえつける様な、凶暴な姿態に混って、大柄な和服姿の彼女が、張り切った縮緬(ちりめん)の膝をすりよせて、じっと上目に見つめながら、彼の話を聞いている、いとしい姿が、色々な角度で、身体のあらゆる隅々が大写しになって、彼の心をかき乱すのであった。考えることも、読むことも、書くことも、全く不可能であった。薄暗い部屋の隅に立っている、木彫りの菩薩像(ぼさつぞう)さえが、ややともすれば、悩ましい聯想(れんそう)(たね)となった。
 ある晩、あまりに堪え難かったので、彼は思い切って、()ねて考えていたことを、実行して見る気になった。陰獣の癖に、彼は少しばかりお洒落(しゃれ)だったので、いつも外出する時はそうしていたのだが、その晩も、婆やに風呂を()かせ、身だしなみをして、洋服に着かえると、吾妻橋の(たもと)から自動車を傭って、その時芙蓉の出勤していた、S劇場へと向ったのである。
 (あらかじ)め計ってあったので、車が劇場の楽屋口に着いたのは、丁度芝居のはねる時間であったが、彼は運転手に待っている様に命じて置いて、車を降りると、楽屋口の階段の(かたわら)に立って、俳優達が化粧を落して出て来るのを、辛抱(しんぼう)強く待構えた。彼は()つて、池内と一緒に、同じ様な方法で、芙蓉を誘い出したことがあったので、大体様子を呑み込んでいたのである。
 その附近には、俳優の素顔を見ようとする、町の娘共に混って、意気な洋服姿の不良らしい青年達がブラブラしていたし、中には柾木よりも年長に見える紳士が、彼と同じ様に自動車を待たせて、そっと楽屋口を覗いているのも見受けられた。
 恥しさを我慢して、三十分も待った頃、やっと芙蓉の洋服姿が階段を降りて来るのが見えた。彼は(つまず)きながら、慌ててその傍へ寄って行った。そして、彼が口の中で木下さんと云うか云わぬに、非常に間の悪いことには、丁度その時、違う方角から近寄って来た一人の紳士が、物慣れた様子で芙蓉に話しかけてしまったのである。柾木はのろまな子供の様に赤面して、引返(ひっかえ)す勇気さえなく、ぼんやりと二人の立話を眺めていた。紳士は待たせてある自動車を指して、しきりと彼女を(いざな)っていた。知合いと見えて、芙蓉は快くその誘いに応じて、車の方へ歩きかけたが、その時やっと、彼女のあの特徴のある大きな目が、柾木の姿を発見したのである。
「アラ、柾木さんじゃありませんの」
 彼女の方で声をかけてくれたので、柾木は救われた思いがした。
「エエ、通り合わせたので、お送りしようかと思って」
「マア、そうでしたの。では、お願い致しますわ。私丁度一度御目にかかりたくっていたのよ」
 彼女は先口(せんくち)の紳士を無視して、さも慣れ慣れしい口を利いた。そして、その紳士にあっさり詫言(わびごと)を残したまま、柾木に何かと話しかけながら、彼の車に乗ってしまったのである。柾木は、このはれがましい彼女の好意に、嬉しいよりは、面喰(めんくら)って、運転手に予ねて聞知った芙蓉の住所を告げるのも、しどろもどろであった。
「池内さんたら、この前の日曜日の御約束をフイにしてしまって、ひどござんすわ。それとも、あなたにお差支(さしつかえ)がありましたの」
 車が動き出すと、その震動につれて、彼の身近く寄り添いながら、彼女は話題を見つけ出した。彼女は其後も池内と三日にあげず、会っていたのだから、これは無論御世辞に過ぎなかった。柾木は、芙蓉の身体の暖い触感に、ビクビクしながら、差支のあったのは、池内の方だろうと答えると、彼女は、では、今月の末こそは、是非どこかへ参りましょう。などと云った。
 彼等が一寸話題を失って、ただ触覚だけで感じ合っていた時、俄に車内が明るくなった。車が、街燈やショーウィンドウでまぶしいほど明るい、ある大通りにさしかかったのである。すると、芙蓉は小声で「マア、まぶしい」と呟きながら、大胆にも自分の側の窓のシェードを(おろ)して、柾木にも、(ほか)の窓のを卸してくれる様に頼むのであった。これは別の意味があった訳ではなく、女優稼業の彼女は、人目がうるさくて、一人の時でもシェードを卸しつけていた位だから、まして男と二人で乗っている際、ただ、その用心に目かくしをしたまでであった。同時にそれは、彼女が柾木という男性にたかを(くく)っていた印でもあったのだ。
 だが、柾木の方では、それをまるで違った意味に曲解しないではいられなかった。彼はおろかにも、それを彼女が(わざ)と作ってくれた機会だと思い込んでしまったのである。彼は震えながら、凡てのシェードを卸した。そして、彼はたっぷり一時間もたったかと思われた程長い間、正面を向いたまま、身動きもしないでいた。
「もうあけても、いいわ」
 車が暗い町に這入ったので、芙蓉の方では気兼ねの意味で、こう云ったのだが、その声が柾木を勇気づける結果となった。彼はビクッと身震いをして、黙ったまま、彼女の膝の上の手に、彼自身の手を重ねた。そして、段々力をこめながらそれを押えつけて行った。
 芙蓉はその意味を悟ると、何も云わないで、巧みに彼の手をすり抜けて、クションの片隅へ身を避けた。そして、柾木の木彫りの様にこわばった表情を、まじまじと眺めていたが、ややあって、意外にも、彼女は突然笑い出した。しかも、それは、プッと吹き出す様な笑いであった。
 柾木は一生涯、あんな長い笑いを経験したことがなかった。彼女はいつまでもいつまでも、さもおかし相に笑い続けていた。だが、彼女が笑った丈けなれば、まだ忍べた。最もいけないのは、彼女の笑いにつれて柾木自身が笑ったことである。ああ、それが如何に唾棄(だき)すべき笑いであったか。若し彼があの恥かしい仕草(しぐさ)を冗談にまぎらしてしまう(つも)りだったとしても、その方が、(なお)一層恥かしい事ではないか。彼は彼自身のお人好しに身震いしないではいられなかった。それが彼を()った烈しさは、後に彼があの恐ろしい殺人罪を犯すに至った、最初の動機が、実にこの笑いにあったと云っても差支ない程であった。

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