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虫(14)

时间: 2023-09-19    进入日语论坛
核心提示: 車庫が出来上ると、柾木はそこの扉(ドア)をしめ切って、婆やに気附かれぬ様に注意しながら、二晩もかかって、大工の真似事をし
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 車庫が出来上ると、柾木はそこの(ドア)をしめ切って、婆やに気附かれぬ様に注意しながら、二晩もかかって、大工の真似事をした。それは、彼の自動車の後部のクッションを取りはずして、その内部の(うつ)ろな部分に、板を張ったり、クッションそのものを改造したりして、そこに人一人横になれる程の、箱を作ることであった。つまり、外部からは少しも分らぬけれど、そのクッションの下に、長方形の棺桶(かんおけ)の様な、空虚な部分が出来上った訳である。
 さて、この奇妙な仕事がすむと、彼は古着屋町で、賃車(ちんぐるま)の運転手が着そうな、黒の詰襟(つめえり)服と、スコッチの古オーバと(その時分気候は已に晩秋になっていたので)目まで隠れる大きな鳥打帽(とりうちぼう)とを買って来て、(か様な服装を選んだのにも、無論理由があった)それを身につけて運転手台におさまり、時を選ばず、市中や近郊をドライヴし始めたのである。
 それは誠に奇妙な光景であった。雑草の生い茂った荒庭。壁のはげ落ちた土蔵。倒れかかったあばら家。くずれた土塀。その荒涼たる化物屋敷の門内から、仮令フォードの中古(ちゅうぶる)にもしろ、見たところ立派やかな自動車が、それが夜の場合には、怪獣の目玉の様な、二つの頭光を、ギラギラと光らせて、毎日毎日、どことも知れず辷り出して行くのである。婆やを初め、附近の住民達は、もうその頃は噂の拡まっていた、この奇人の、世にも突飛(とっぴ)な行動に、目を見はらないではいられなかった。
 一月ばかりの間、彼は、運転を覚えたばかりの嬉しさに、用もないのに自動車を乗り廻している、という(てい)(よそお)いつつ、無闇と彼の所謂自動車放浪を試みた。市内は勿論、道路の悪くない限り、近郊のあらゆる方面に遠乗りをした。ある時は、自動車を、池内光太郎の勤先(つとめさき)の会社の玄関へ横づけにして、驚く池内を誘って宮城前(きゅうじょうまえ)の広場から、上野公園を一順して見せたこともあった。池内は「君に似合わしからぬ芸当だね。だが、フォードの古物とは気が利かないな」などと云いながら、でも、少なからず驚いている様子だった。若し彼が、現に彼の腰かけていた、クッションの下に、妙な空隙(くうげき)(こしら)えてあること、又遠からぬ将来、そこへ何物かの死体が隠されるであろうことを知ったなら、どんなに青ざめ、震え上ったことであろうと思うと、運転しながら、柾木は背中を丸くし、顔を胸に埋めて、湧上って来るニタニタ笑いを、隠さなければならなかった。
 又ある晩は、たった一度ではあったけれど、彼は大胆にも、当の木下芙蓉の散歩姿を、自動車で尾行したこともあった。若しそれを、相手に見つかったならば、彼の計画は殆ど駄目になってしまう程、実に危険な遊戯であったが、併し、危険な丈けに、柾木はゾクゾクする程愉快であった。洋装の美人が、さも気取った様子で、歩道をコツコツと歩いて行く。その(ななめ)うしろから、一台のボロ自動車が、のろのろとついて行くのだ。美人が町角を曲るたびに、ボロ自動車もそこを曲る。まるで(ひも)でつないだ飼犬みたいな感じで、誠に滑稽な、同時に不気味な光景であった。「御令嬢、ホラ、うしろから、あなたの棺桶がお(とも)をしていますよ」柾木はそんな歌を、心の中で呟いて、薄気味の悪い微笑を浮べながら、ソロソロと車を運転するのであった。
 彼がこんな風に、自動車を手に入れてから、一月もの長い間、辛抱(しんぼう)強く無駄な日を送っていたのは、云うまでもなく、池内を初め婆やだとか近隣の人達に彼の真意を悟られまい為であった。彼が自動車を買ったかと思うと、すぐ(さま)芙蓉が殺されたのでは、少々危険だと考えたのである。だが、これは寧ろ杞憂(きゆう)であったかも知れない。何故と云って、表面に現われた所では、柾木と芙蓉とは、ただ小学校で顔見知りであった男女が、偶然十数年ぶりに再会して、三四度席を同じうしたまでに過ぎないし、それからでも、已に五ヶ月の月日が経過しているのだから、柾木が自動車を買入れた日と、芙蓉が殺害された日と、仮令ピッタリ一致したところで、この二つの事柄の間に、恐ろしい因果関係が存在しようなどと、誰が想像し得たであろう。どんなに早まったところで、彼には少しの危険さえなかった筈である。
 それは兎も角、流石(さすが)用心深い柾木も、一月の間の、さも呑気そうな自動車放浪で、最早や充分だと思った。愈々(いよいよ)実行である。だが、その前に準備して置かねばならぬ、二三のこまごました仕事が、まだ残っていた。と云うのは、賃自動車の目印である、ツーリングの赤いマークを印刷した紙切れを手に入れること、自動車番号を記したテイルの塗り板の替え玉を用意すること、芙蓉の為に安全な墓場を準備して置くことなどであったが、前の二つは大した困難もなく揃えることが出来たし、墓場についても、実に申分(もうしぶん)のない方法があった。彼は(やしき)の荒庭の真中に、水のかれた深い古井戸のあることを知っていた。ある日彼は、庭をぶらついていて、態とそこへ足を辷らせ、向脛(むこうずね)に一寸した傷を拵えて見せた。そして、その事を婆やに告げて、危いから()めることにしようと云い出したのである。丁度その頃、近くに道路工事があって、不用の土を運ぶ馬力が、毎日彼の邸の前を通り、工事の現場には、「土御入用(ごにゅうよう)の方は申出て下さい」と立札がしてあった。柾木はその工事監督に頼んで、代金を払って、二車(ふたくるま)ばかりの土を、彼の邸内へ運んで貰うことにしたのである。馬方は、彼の荒庭の中へ馬車を引き込んで、その片隅へ、乱暴に土の山を作って行った。あとは、いつでも好きな時に、人足を頼んで、その土を古井戸の中へほうり込んで貰えばよいのである。云うまでもなく、彼は井戸を埋める前に芙蓉の死骸をその底へ投込み、上から少々土をかけて、人足だちに気附かれることなく、彼女を葬ってやる積りであった。
 さて、準備は遺漏(いろう)なくととのった。もう決行の日を()めるばかりである。それについても、彼は確かな目算があった。というのは、屡々(しばしば)述べた様に、彼は其の時分までも、例の尾行や立聞きを続けていたので、彼等(池内と芙蓉と)が次に出会う場所も時間も、知れていたし、当時芝居の切れ目だったので、芙蓉は自宅から約束の場所へ出かけるのだが、そんな時に限って、彼女は態と帳場の車を避け、極まった様に、近くのある大通りの角まで歩いて、そこで通りすがりのタクシーを拾うことさえ、彼にはすっかり分っていた。実を云うと、それが分っていたからこそ、彼はあの変てこな、自動車のトリックを思いついた程であったのだから。

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