「僕達はこの広い世の中で、たった二人ぼっちなんですよ。誰も相手にしてくれない、のけ者なんですよ。僕は人に顔を見られるのも恐ろしい、人殺しの大罪人だし、あなたは、そう、あなたは死びとですからね。私達はこの土蔵の厚い壁の中に、人目をさけて、ひそひそと話をしたり、顔を眺め合っているばかりですよ。淋しいですか。あなたはあんな華やかな生活をしていた人だから、これでは、あんまり淋し過ぎるかも知れませんね」
彼はそんな風に、死骸と話し続けながら、ふと古い古い記憶を呼起していた。田舎風の、古めかしく陰気な、八畳の茶の間の片隅に、内気な弱々しい子供が、積木のおもちゃで、彼のまわりに切れ目のない垣を作り、その中にチンと坐って、女の子の様に人形を抱いて、涙ぐんで、そのお人形と話をしたり、頬ずりをしたりしている光景である。云うまでもなく、それは柾木愛造の六七才の頃の姿であったが、その折の内気な青白い少年が、大きくなって、積木の垣の代りに、土蔵の中にとじ籠り、お人形の代りに芙蓉のむくろと話をしているのだ。何という不思議な相似であろう。柾木はそれを思うと、急に目の前の死骸がゾッと総毛立つ程恋しくなって、それが遠い昔のお人形でもある様に、芙蓉の上半身を抱上げて、その冷たい頬に彼の頬を押しつけるのであったが、そうしてじっとしていると、まぶたが熱くなって、目の前がふくれ上って、ポタポタと涙が流れ落ち、それが熱い頬と冷い頬の合せ目を、顎の方へツーツーと辷って行くのが感じられた。
土蔵の中は全く別世界であったし、相手が魂のない生人形であったから、柾木はあらゆる恥を忘れ、子供の様に顔をしかめて、しゃくり上げながら、泣きたい丈け泣き、喋り度いことを喋った。二人の顔の間が、○○○○○○○○、○○○○○○○○○○○○○○、○○○○、○○○○○○○○○○○○○○○○、○○○○○○○○○○○○○○。○○○○○○○○○○、○○○○○○○○○○○、○○○○○○○、○○○○○○○○ばならなかった。
か様にして、厭人病者と死骸との、此世のものならぬ狂体は、不気味に、執拗に、その夜一夜、夜のあけるまでも、続けられたのである。