その電話をきいて、警察でもへんだと思いましたが、賢吉君のおとうさんは、大きな会社の重役をつとめている、町でも有名な実業家でしたから、まさかでたらめではあるまいと、とりあえず三人の警官が自動車をとばして賢吉君のうちへやってきました。そして、うちの中と庭とを、くまなくしらべましたが、窓のツメのあとと、庭の足あとのほかには、なにも発見できませんでした。
それでは、うちの外まわりを、しらべてみようというので、三人の警官がへいの外の、暗い町を歩いていますと、むこうのほうから、おそろしいいきおいで、かけて来る男の姿が見えました。なにものかに追いかけられているように、いちもくさんに走ってくるのです。
「きみ、どうしたんだ。」
ふしんに思って声をかけると、その男は三人の前で立ちどまりました。
「あ、おまわりさんですね。たいへんです。おそろしいやつが、マンホールの中から、出てきたのです。」
息をきって、またにげだしそうにしています。どこか近くの店の店員らしく、ジャンパーを着た若い男です。
「きみはいったい、なにを見たんだ。」
「ばけものです。」
それをきくと警官たちは、この男は、もしや賢吉君をおそった怪物にであったのではないかと思い、あわててたずねました。
「そのマンホールっていうのは、どこだ。」
「あそこです。この町のかどをまがったところです。」
警官たちはそこまできくと、よしっとさけんで、いきなりその町かどへかけだしました。
かどをまがると、すぐにマンホールが見えました。しかし、べつにあやしいものも見あたりません。マンホールには、ちゃんと鉄のふたがしまっています。
「おい、このマンホールかい。なにもいやしないじゃないか。」
おずおずついてきた若ものに、たずねますと、さもこわそうにゆびさしながら、
「それです。そのふたがスーッともちあがって、中からおそろしいばけものが出てきたのです。」
「おそろしいばけものって、どんなやつだった?」
「牙がはえていました。それからウロコがはえていました。目がリンのように光っていました。」
やっぱりそうでした。賢吉君をおそった怪物です。
「そいつは、マンホールから出たのでなくて、マンホールへにげこんだのかもしれないぞ。」
警官のひとりが、さすがに気味わるそうに、目の前のマンホールのふたを見ました。
「よし、それじゃ、しらべてみよう。手をかしたまえ、そして、きみはピストルを出してかまえていてくれ。危険と見たらぶっぱなすんだ。」
三人の中でせんぱいらしい警官が、そういって懐中電灯をつけると、マンホールのふたのそばにしゃがみこみました。もうひとりの警官が、それに手をかします。のこるひとりは、腰のサックからピストルをぬきだして、いざといえば、発射する身がまえをしました。
「そら、いいか。」
ふたりの警官が力をあわせて、マンホールの鉄のふたをひらいて、わきにのけました。穴の中は、まっ暗です。懐中電灯の光が、さっとそこをてらしました。
その中に、鉄のウロコの怪物が、うずくまっていたのでしょうか。いや、そうではありません。中はからっぽだったのです。警官たちは、ひょうしぬけしてしまいました。
「なあんだ。なんにもいないじゃないか。」
それは下水のマンホールでしたが、ほそい下水道ですから、そこから下水をつたってにげることはとてもできません。
怪物は、いちじマンホールの中へかくれて、それからまた、にげだしたのでしょう。さっき店員の見たのは、やっぱり、出てくるところだったのでしょう。
この店員は賢吉君とおなじ怪物を見たのです。ふたりも見た人があるからには、もう、ゆめやまぼろしとはいえません。すててはおけないのです。そこで、警官は電話でこのことを本署にしらせ、本署から警視庁にれんらくしました。
それからは、たいへんなさわぎです。パトロールカーが三台もやってきました。警視庁や警察署から何台も自動車がきました。それに新聞記者です。賢吉君のおうちは、りんじの捜査本部になって、門の前には十何台の自動車がならび、近所の人たちが、なにごとかと集まってくるものですから、たちまち黒山の人だかりです。
何十人という警官による大捜索がはじまりました。その近くの家という家は、かたっぱしからしらべられ、町という町は警察の自動車が巡回し、非常線がはられ、アリのはいだすすきまもない、捜査のあみがはられました。
しかし、あくる朝になっても、どこからも、あやしいものは発見されませんでした。鉄の人魚は、煙のように消えうせてしまったのです。
そのよく日の新聞は、鉄のウロコの怪人の記事でいっぱいでした。賢吉君のうちの窓じきいにのこったツメのあとと、庭の大きな動物の足あとが、写真になって新聞にのったのです。日本全国の人がその新聞をよんで、ふるえあがってしまいました。そして、人が集まれば、このおそろしい怪物の話でもちきりでした。