「その、もと船長の遺言書は、むずかしい文章なので、くだいて話すとね、今から二十年ばかりまえに、紀伊半島の潮ノ岬の沖で、大洋丸という汽船が、暴風のために沈没した。そのときは、何十年に一度というひどいあらしで、大洋丸が無電で助けをもとめても、海岸から助けの船を出すこともできなかったほどで、多くの船客や乗組員が死んでしまった。
流れたボートにすがって、やっと海岸にたどりついたのは、十数人の乗組員だけで、その中に、船長の福永という人もはいっていた。じぶんだけ助かるというのは、あまりえらい船長じゃないね。
大洋丸が無電で助けをもとめるとき、今どこにいるかという位置を知らせたのはいうまでもないが、福永船長の遺言書には、そのとき、じぶんはあわてていたので、たいへんなまちがいをしたと書いてある。経度の数字をまちがえて無電技師につたえたので、あとで大洋丸がまるでけんとうちがいの場所に沈んだようになってしまって、保険会社が、船会社に保険金をはらったあとで、沈んだ場所をしらべると、そこはひじょうに深いところで、船はもちろん、荷物も引きあげられないことがわかって、あきらめてしまった。
福永船長は、それから一年ほどたって、やっと無電で送った沈没の位置がちがっていたことに気づいたというのだが、これはどうもおかしいね。船長は、わざと気づかないことにしておいたのかもしれない。そして、それからまた一年ほどたって、船長は、保険会社から沈没した大洋丸の権利を買いとった。そのころのお金で、二十何万円、今にすれば一億円ぐらいになるがね。そのお金をこしらえて、沈没船をじぶんのものにしてしまった。どうせ引きあげられない船だから、保険会社もやすく売ってしまったのだね。
引きあげの見こみもない船に、どうしてそんな大金を出したかというと、その船には、香港からアメリカに送る金塊がたくさんつんであったのだ。遺言書には、そのころのねうちで四百万円とあるから、今では二十億円ほどのものだ。船長は、それを引きあげて、大金持ちになろうとしたのだよ。保険会社から権利が買ってあるので、だれにもえんりょすることはないのだ。
保険会社は、世界じゅうのどんな潜水技術でも、どうしても引きあげられない深いところにあると思ったので、権利を売ったのだが、船長は大洋丸が、無電で知らせた場所からは五マイルもへだたった、もっとあさいところに沈んでいることを、ちゃんと知っていた。そこなら潜水作業もできるだろうと考えたのだよ。
そこでいよいよサルベージ会社にたのんで、金塊の引きあげをやろうと、いろいろな準備をしているうちに、この福永船長は大病にかかって、なにもできないようになり、三ヵ月ほどで死んでしまった。天罰があたったのだろうね。それで、まだ字のかけるあいだに、この遺言書をかいて、鉄の秘密箱をつくらせて、保険会社の証書と、ほんとうに大洋丸の沈んでいる場所をしるした海図といっしょにふうじこんで、じぶんのひとりむすこにのこした。
そのむすこが、賢吉君に鉄の箱をあずけたというわけだ。このむすこは、いくじのない男で、じぶんで引きあげて作業をはじめることもできず、いく人かのお金持ちに、引きあげの権利を売りつけようとしたが、そのころは、もうびんぼうになってしまって、きたないふうをしていたので、そんな男の『海底の大金塊』なんて、ゆめみたいな話は、だれも信用してくれなかったのだね。そして、いつのまにか二十年がたってしまった。そのことが、むすこの手で遺言書のはじに書きつけてあるのだよ。」
明智探偵の長い説明が、やっとおわりました。賢吉少年には、まだよくわからないところもありましたが、ともかく、二十億円の金塊が、潮ノ岬の沖に沈んだままになっていることは、なんだか、ほんとうらしく思われてくるのでした。