「ああ、とりかえしのつかないことをしてしまった。あのだいじな鉄の小箱をとられてしまった。賢ちゃん、あいつらは、いつかの悪ものの手下ですよ。……それにしても、明智さんは、ぼくがまもってやるから、だいじょうぶだとうけあってくれたのに、どうしたというんでしょう。こんなに、はやく、とられてしまうようでは、明智さんも、あてになりませんね。じつに、ざんねんです。」
戸田は、くやしそうに、ぶつぶついっていましたが、三人の男の姿が、見えなくなって、しばらくすると、自動車をおりて、うしろのトランクのふたをひらきました。そこには、あの知りあいの運転手が、さるぐつわをはめられて、まるくなって、おしこめられていました。
賢吉君も車をおりて、てつだいました。そして、トランクからだして、さるぐつわをはずしてやりましたが、運転手は、頭をさすりながら、
「明智さんの事務所の前に、車をとめてうっかりしていると、いきなり、うしろから、ここをガンとやられ、さるぐつわをはめられてしまいました。おそろしく力のつよいやつで、どうすることもできませんでした。もうしわけありません。それじゃ、やつがわたしにばけて、ここまで運転してきたのですね。」
「そうだよ。きみとおなじような上着をきていたので、うしろ姿では、見わけがつかなかった。まさか、ひるまから、こんなだいたんなまねをするとは思いもよらないのでね。さあ、いそいで運転してくれ。もううちに近いんだから、帰ってから警察に電話をかけよう。ぼくらは、だいじなものを、ぬすまれてしまったんだよ。」
そこで、三人は自動車に乗りこみましたが、車が走りだそうとするとき、賢吉少年が、「あっ。」と声をたてました。まっさおな顔になって、目がとびだすほど大きくなっています。そして、窓の外をじっと見つめているのです。
戸田と運転手は、おどろいて、賢吉君の見つめているところを見ました。
高いコンクリートべいの上から、なにかがのぞいていました。うしろには、大きな木の枝が青黒くしげっています。その前のへいの頂上に、なにか黒いものが見えるのです。
それは、えたいのしれぬ、へんてこなものでした。黒い顔の中に、リンのように青く光るふたつの目がありました。耳までさけた口がありました。その口から、ニューッと白い牙がつきだしているのです。頭には、するどい鉄のトサカがはえています。
鉄の人魚です。あの怪物が、コンクリートべいの内がわをよじのぼって、首だけだして、こちらをにらみつけているのです。
「はやく、はやく……。」賢吉君は、一度出あったことがあるので、そのおそろしさを、よく知っていました。いまにも、怪物がへいをのりこして、追っかけてでもくるように、運転手をせきたてるのでした。
運転手も、このおそろしい怪物には、すっかり、おびえてしまって、やにわに速力をだしました。車は人通りのない谷間の町を、きちがいのように突進しました。