怪物! 怪物!
ふたりの潜水夫は、がい骨を見て、気味わるくおもいましたが、こわがるというほどではありませんでした。かれらは力の強いくっきょうの若もので、ちょっとぐらいのことに、おどろくような弱虫ではなかったのです。
ところが、その勇敢な潜水夫が、あまりのおそろしさに、ガタガタふるえだすようなことが、おこりました。
ふたりが、がい骨をみつけたあとで、なおもおく深く進もうとしていますと、水中電灯の光が、かすかにてらしている、むこうの方の海草が、ゆらゆらと動いているのに気づきました。さっきからふたりが歩くたびに、そのまわりの海草が、ゆれ動いてはいましたが、そんな遠くの方の海草が、動くのはへんです。なにか大きなさかなでもかくれているのではないでしょうか。そのへんの海には、ずいぶん大きなさかながいます。また、びっくりするような巨大なカニなども、すんでいるのです。ふたりは、海草のうしろから、なにがとびだしてくるのかと、おもしろはんぶんに、水中電灯をてらしながらその方へ近づいていきました。
見ると、ゆらゆらゆれている、コンブのような海草のあいだから、ニューッと、黒っぽいものが出てきました。カニの足かもしれません。それにしても、おそろしく大きなふとい足です。
その黒っぽい足のようなものは、さきがいくつにもわかれて、キューッとまがっていました。そのひとつひとつに、するどいツメのようなものがついています。まるで人間のゆびのようです。しかし、こんな黒い人間のゆびがあるでしょうか。
潜水夫たちは、そこに立ちすくんでしまいました。なんだか、こわくなってきたからです。
その黒いうでが、ぐーっとのびて、黒い肩があらわれ、それから、顔のようなものが、ひょいとのぞきました。
それを見ると、こちらは、潜水カブトの中で、「あっ。」と声をたてました。
リンのように、まっさおに光っている、大きな二つの目、耳までさけた、おそろしい口、その口から白い牙が二本、ニューッとつき出しています。そして、鉄のような黒い頭の上には、するどくとんがった、トサカのようなギザギザがあるのです。
潜水夫たちは、まだ鉄の人魚を見てはいないのです。しかし、そいつがハヤブサ丸の甲板に寝そべっていたという話はきいていました。こいつこそ、その鉄の人魚にちがいありません。やっぱり、怪物はハヤブサ丸のあとをつけて、潮ノ岬までやってきたのです。そして、はやくも大洋丸の船室の中へはいりこんでいたのです。
潜水夫たちが、ふるえあがって逃げだそうとしていますと、怪物は、もう全身をあらわして、パッとこちらへとびかかってきました。ああ、そのおそろしさ! それは映画のなかで、機関車がばくしんしてくるのににていました。
青く光る二つの目が、白い牙が、水の中を、とびつくように、ばくしんしてきたのです。
「人魚だあ! 鉄の人魚だあ! 引きあげてくれえ、はやく、引きあげてくれえ!」
潜水夫たちは、カブトの中で、声をかぎりにさけびました。その声は、むろん、電話線でハヤブサ丸の上につうじるのです。
そして、もがくようにして、船室から逃げだそうとしました。怪物は、そのうしろから、おそろしい手をのばして、せまってきます。
逃げおくれた、ひとりの潜水夫は、あっというまに足をつかまれました。するどい五本のツメが、ぐっと潜水服に、くいこんだのです。
もう死にものぐるいでした。右手の鉄棒をふりあげて、めちゃくちゃに、怪物をたたきつけ、もがきにもがいて、やっと足をはなしました。
そして、ふたりとも、船室からハッチへと浮きあがることが、できたのです。怪物はなぜか、そこまでは追いかけてきませんでした。