と、いおうとしたとき、大きな手が、賢吉君の口をぐっと、おさえてしまいました。もがこうとしてももうひとつの手が、からだをだきしめているので、どうすることもできません。
水夫は、賢吉君をだきあげて、なんのくもなく、その大ダルの中へおしこみ、上からふたをして、ポケットから、とりだしたクギとカナヅチで、コンコンと、うちつけてしまいました。
あっというまのできごとでした。船の人たちは、みんな潜水作業の方に集まっているので、だれも気づいたものはありません。それにしても、この水夫は、いったい何者なのでしょう。賢吉君をタルづめにして、どうしようというのでしょう。
もしかしたら、この水夫は、鉄の人魚の怪人団の、まわし者だったのではないでしょうか。ハヤブサ丸が、大阪を出るときから、水夫にばけて、乗りこんでいたのではないでしょうか。
水夫は、そこにおいてあった長いロープを、タルにまきつけてかたくむすび、タルをもちあげると、船尾のふなばたまではこびました。そして、じっと、くらい海を見おろしているのです。
すると、そのとき、ハヤブサ丸から三十メートルはなれた海面に、パッと光ったものがあります。海の上にガラスのような、まるいものが浮いていて、その中に電灯がついたのです。ついたかとおもうと、すぐ消えてしまいましたが、ひとめで、それがなんであるかが、わかりました。それは、あのおそろしい魚形潜航艇だったのです。
クジラのような黒い船体が、はんぶんほど浮きあがって、その背中に出っぱっている、まるいガラスのようなものの中の電灯が光ったのです。きっと、ハヤブサ丸の水夫へ、あいずをしたのにちがいありません。
それから、じつにおそろしいことが、おこりました。水夫は両手でロープをにぎって、賢吉君をとじこめたタルを、ふなばたから、海面におろしたのです。タルは、うちよせる波の上に、ゆらゆらと浮いています。
水夫は、うわぎをぬいで、シャツ一枚になると、ながいロープの一方のはしを、ふなばたのてすりにとおして、それを持って、じぶんも海面におりていきました。そして立ちおよぎをしながら、てすりにかけたロープを、たぐりよせ、それを、じぶんのからだにまきつけて、しずかにおよぎはじめました。いうまでもなく、魚形潜航艇をめざしているのです。
水夫が、およぐにつれて、ロープにつながれたタルも、その方へ引かれていきます。そして、見るまに、魚形潜航艇のそばへ近づいていきました。
すると、それをまっていたように、魚形艇の背中の、まるいガラスが、パッと、上にひらいて、そこから、人の顔があらわれました。
「うまくいったか。」
「うん、子どもはタルの中にいる。このロープを、しっぽの方へ、くくりつけてくれ。」
海の中の水夫が、そう答えて、魚形艇にのぼりつき、ガラスぶたの入口から中へすべりこみました。
すると、中にいた男が、いれかわって、魚形艇の背中にあらわれ、ロープのはしをもって、艇のしっぽの方へ、走っていきました。
しばらくすると、その男が帰ってきました。
「しっかり、くくりつけた。これでもう、だいじょうぶだよ。」
そういって、魚形艇の背中の入口へすべりこむと、まるいガラスのふたが、パタンとしまり、魚形艇は、そのまま、しずかに海中に沈んでいきました。あとにはロープにひかれたタルが、プカプカと波にただよっているばかりです。