洞窟のろうごく
そのとき、賢吉少年は、洞窟の中のろうごくにおしこめられていました。
はだかの勇士たちが、泳ぎまわっているほら穴は、おくへ行くほど広くなっていて、そこに敵の魚形艇がかくれているのですが、さらにおくへ進みますと、穴がだんだん上の方へむかって、やがて海面よりも高くなり、もう水のない洞窟になっています。そして、しょうにゅう洞のように、いりくんだぬけ道があり、ところどころに、部屋のような広い場所もあります。鉄の人魚の怪物団は、この、人の知らない洞窟をみつけて、そこを、根城にしていたのです。
まがりくねった枝道のひとつに、二畳ほどの部屋のようなくぼみがあって、そのまえに、スギ丸太をたてよこに組みあわせたろうやのこうしのようなものが、たちふさがっています。洞窟の中のろうごくなのです。
そのまっくらなろうごくの中に、学生服をきた、ひとりの少年が、しょんぼりとうずくまっていました。それが賢吉少年でした。たべものは、ちゃんと、はこんでくれますし、べつにひどいめにあうわけではありませんが、こうしの中に、とじこめられているのですから、どこへも行くことができません。はなしあいてもなく、なにも見えないまっくらな中に、じっとしているほかはありません。じつにさびしいこころぼそい身のうえです。
「いまごろ、小林さんや明智先生は、どうしているのかなあ。ぼくがここへつれられてきたことは、だれもしらないにきまっている。いくら名探偵の明智先生でも、気がつかないだろう。ああ、おとうさんにあいたいなあ。ぼくはなぜハヤブサ丸なんかに乗りこんだのだろう。よせばよかった。そうすれば、いまごろは、東京のおうちに、おかあさんといっしょにいられたのだ。」そうおもうと、賢吉君はいきなり、「おとうさん、おかあさん……。」と大きな声でさけびたくなりました。そして、両方の目から、あつい涙が、あふれだしてきて、ポロポロと、ほおをつたい落ちるのでした。
ふと気がつくと、こうしの外の岩壁に、チロチロと光がさしていました。だれかが懐中電灯をてらして、こちらへやってくるらしいのです。「賊の手下が、たべものを持ってきたのかしら。」とおもいましたが、それにはまだ時間がはやいのです。
「ひょっとしたら、こうしの外へつれだされて、ひどいめにあわされるのではあるまいか。」
ふと、そう考えると、賢吉君は、もう、おそろしくてしかたがありません。おもわず、ほら穴のすみっこへ身をちぢめて、ブルブルふるえていました。
でこぼこの岩壁に、反射する光はだんだん強くなり、やがて、むこうから、怪物の目玉のような懐中電灯が、ユラユラとゆれながら近づいてきました。
それを見ると、賢吉君の心臓は、まるでたいこでもたたくように、おそろしい早さで、うちはじめました。
懐中電灯は、賢吉君のいるろうごくのこうしのまえで、ピッタリとまりました。そして、岩のろうごくの中を、ズーッとひとわたり、てらしてから、そこへきた男は、じぶんの顔の方へ、光をあてて見せました。いつも、たべものをはこんでくれる、賊の手下です。
その男は、右手で懐中電灯を持ち、左手では、子どものからだぐらいもある大きな黒いふろしきづつみを、かかえていました。それは、なんだか、えたいのしれない、気味のわるいかたちのものです。
賢吉君は、あの黒いふろしきづつみの中には、いったい、なにがはいっているのだろうとおもうと、いっそうおそろしくなって、からだがブルブルふるえてくるのでした。