動く映画館
ある夕がた、渋谷区のやしき町を、ふたりの少年が歩いていました。もとボクサーのおとうさんをもつ井上一郎君と、すこしおくびょうだけれども、あいきょうものの野呂一平君です。ふたりとも、小林芳雄少年を団長とする少年探偵団の団員なのです。
ふたりは小学校の六年生ですが、井上君はクラスでも、いちばんからだが大きく力も強いうえに、ときどき、おとうさんにボクシングをならっているので、だれにも負けません。野呂君は井上君にくらべると、ぐっとからだが小さく、なかなかチャメスケです。ノロちゃんというあだなでとおっています。そういうふうに、からだのかっこうも、性質もちがっていますけれども、ふたりは大のなかよしでした。
「おやっ、あれ、なんだろう。へんな紙しばいだねえ。」
ノロちゃんが、町のむこうの方に、おおぜいの子どもが集まっているのを、ゆびさしていいました。
「うん、へんだね。紙しばいじゃないよ。自転車でなくて、自動車がとまっているもの。いってみよう。」
ふたりが、その方へ近づいていきますと、だんだんようすがわかってきました。
それはオート三輪を、小型自動車のように作りかえたもので、その自動車のうしろの上のところに、板で四角にかこったものが出っぱっていて、そのおくに、二十インチのテレビぐらいの大きさの白いスクリーンに、何かモヤモヤと動いているのです。
「あっ、わかった。映画だよ。自動車の中から映画をうつしているんだよ。」
「そうだ。西部劇だ。カウボーイが、馬にのって走っているよ。」
ふたりは、いそいで、見物の子どもたちの中へはいっていきました。
「いまや、トニーは、ぜったいぜつめい。ピストルをうちつくし、もうたまが一発もなくなったのであります。」
赤と白のだんだらぞめのとんがりぼうしに、おなじ道化服をきて、顔をまっ白にぬり、ほおに赤いまるをかいた男が、しわがれ声で映画の説明をしています。この道化師が、オート三輪の小型自動車を運転して、紙しばいのように、町から町をまわっているのでしょう。
それじゃ、子どもたちにお菓子を売っているはずだとおもって、あたりをながめますと、子どもたちは手に手に、ロケット砲弾の形をした長さ二十センチぐらいのチョコレート色のお菓子を、もっています。なかには、それをしゃぶっている子もあるのです。
「それ、なんてお菓子?」
と聞いてみますと、
「オネスト=ジョンだよ。」
と答えました。中は、あまいせんべいのようなもので、その外がわに、チョコレートがぬってあるのです。
小型自動車の横がわを見ますと、上のほうに、映画のスチールが、がくぶちに入れて、いっぱいならべてあります。その下に、大きな字で「移動映画館」と書いてあるのです。
「そのお菓子、いくら?」
また、聞いてみました。
「一個、十円だよ。」
と答えます。
十円でこんなに映画が見られるなら、やすいものだと思いました。
「移動映画館て、うまいことを考えたねえ。ぼく、こんなの、はじめて見たよ。」
「うん、ぼくも。それに、あの道化師のおじさん、説明がうまいじゃないか。」
カウボーイの映画がおわると、道化師は、チョンチョンと拍子木をたたいて、
「きょうは、これでおしまい。また、あした、今ごろくるからね。おこづかいをもらっておくんだよ。じゃあ、ハイチャ!」
道化師は、みょうな身ぶりで、ひとつおじぎをすると、そのまま、運転席にはいり、小型自動車は、ノロノロと出発しました。
井上、野呂の二少年は、なぜか、そのまま帰る気になれないので、ノロノロ自動車のうしろから、小ばしりについていきました。じゅうぶん、ついていけるほどの、のろさなのです。
とちゅうで、道化師の顔が、運転席の窓からヒョイととびだして、うしろをながめました。そして、二少年がついてくるのを見ると、ニヤリと笑いました。おかしいような恐ろしいような、なんともいえぬ、きみょうな笑いかたでした。
ふたりの少年は、
「なんだか、へんだなあ。この道化師は、あやしいやつかもしれないぞ。」
と思いました。
それからしばらく行きますと、ひとつの町かどで自動車がとまりました。道化師は、なかなか出てきませんでしたが、やがてドアがひらいて、自動車の中からとびだしてきたのは、まるで違った、へんてこなやつでした。
まっ黒なモーニングのような洋服をきて、頭に黒いきれをかぶり、その上に二本の黒いツノが、ニューッとのびているのです。顔には、目だけかくす覆面をして、高い鼻の下に、ピンとはねたひげが、はえています。西洋の悪魔のような顔です。
それが、拍子木を、チョンチョンとたたいて、
「さあ、みんな、集まっといで、おもしろい映画がはじまるよ。活劇映画のはじまり、はじまり!」
と、大きな声でさけぶのです。
でも、もう夕がたですから、あまり子どもが集まってきません。やっと、四―五人の子どもが近よってきたばかりです。それでも、西洋悪魔にばけた男は、まず、オネスト=ジョンの菓子を売ってから、映画をうつして、おもしろそうに説明をはじめました。
「へんだね。さっきの道化師は、どうしたんだろう?」
井上君が、ささやきますと、ノロちゃんが、しさいらしく答えました。
「そうじゃないよ。道化師があんなへんなやつにばけたんだよ。自動車のなかには、ひとりしか人間がいないんだもの。あいつ、きっと変装の名人だよ。ねえ、なんだか、あやしいやつだね。もっと、あとをつけてみようか。」
「うん、そうしよう。」
ふたりは、少年探偵団員ですから、あやしいやつを見たら、あとをつけないではいられないのです。
映画がすむと、西洋悪魔はまた運転席にはいって、車が動きだしました。こんども、ノロノロ走っています。そして、ときどき、悪魔の顔が窓からうしろをのぞいて、二少年がついてくるかどうかを、たしかめているらしいのです。
ああ、なんだか心配です。このふしぎな男は、わざと車をノロノロ走らせて、ふたりの少年を、どこかへ、ひっぱっていくつもりではないのでしょうか。
まだ夜とはいえませんが、あたりは、だんだん暗くなってきました。遠くのほうは、かすんで見えないくらいです。
自動車は十分ほど走って、また、とまりました。そして、とまったまま、しばらく、てまどっているのです。あいつは、こんども、なにかに変装して出てくるのかもしれません。
ふたりの少年は、すこし、きみが悪くなってきましたので、あまり近よらないで、十メートルもはなれたうしろのほうから、じっと、ようすを見ていました。
そこは、さびしいやしき町で、見わたすかぎり、へいばかりがつづいています。こんなところで、子どもを集めようとしても、ひとりも、出てこないだろうと思われるほどです。
しばらくすると、自動車の運転席から、なんだか黄色い大きなものが、ヌーッと姿をあらわしました。あっと驚くような、まったく、えたいのしれないものでした。
全身、黄色のなかに、太いまっ黒なしまがあります。しかも、そいつは立って歩かないで、四つんばいになって、ノソノソと、こちらへやってくるのです。
「ワーッ、トラだあ、トラがきたあ……。」
ノロちゃんが、とんきょうな声をたてて逃げだしました。
井上君も、いっしょに逃げながら振りかえってみますと、そいつは、一ぴきの大きなトラにちがいないのですが、ふしぎなことに、そのトラが、ヒョイと後足で立ちあがったではありませんか。
おやっ、とおもって見ていますと、そのトラは、二本の前足で、首にかけていた拍子木をはずして、チョンチョンと、たたきました。まるで人間のようにうまく拍子木をうつのです。
「おい、ノロちゃん、あれ、人間だよ。人間が中にはいっているんだよ。逃げなくてもいいよ。」
井上君は、さすがにおちついているので、それが、こしらえもののトラの皮で、中に人間がはいっていることを見やぶったのです。
「ほんとかい?」
ノロちゃんは一生けんめいに走ったので、ハアハア息をきらせながら、ききかえしました。
「ごらん、ほんとうのトラが、あんなに、拍子木なんかうてるもんか。人間だよ。見ててごらん。いまに、映画の説明をはじめるから。」
ふたりは、だんだん、トラのそばへ近よっていきました。
そのとき、拍子木の音を聞いて、どこからか、二―三人の子どもが走ってきました。その子どもたちも、トラの姿を見て、ギョッとして立ちどまりましたが、そのとき、トラが人間の声でしゃべりはじめたので、「なあんだ。」というように、こちらへ近よってきました。
トラは、後足で立ちあがったまま、二本の前足で、おかしげな身ぶりをしながら、なにかしゃべりはじめました。
「ああ、いい子だ、いい子だ。ほんとうのトラだとおもって逃げだしたけれど、また帰ってきたね。きみたち、勇気があるよ。感心だねえ。ほら、これは、ごほうびだ。お金はいらないよ。」
トラはそういって、自動車の中から、オネスト=ジョンの菓子をもちだし、みんなに、一つずつわたしてくれました。少年たちは、きみが悪いので逃げだしそうにしましたが、トラが、やさしい声をだすので、やっと安心して、お菓子をうけとりました。井上君も、ノロちゃんも、それをもらったのです。
ノロちゃんは、あいてが人間とわかると、すっかり気をゆるして、トラのそばにより、背中の毛をなでながら話しかけました。
「おじさん、どうしてそんなに、いろんなものにばけるの? 自動車がとまるたんびにばけるの、たいへんでしょう?」
すると、トラが、まっかな口をひらいて笑いました。
「エヘヘヘヘ……、それはね、わしが変装の名人だということを、みんなに見せたいからさ。そうすれば、子どもたちが、めずらしがって集まってくるし、お菓子もよく売れるわけだからね。だが、きみと、そこにいるもうひとりの子は、さっきから、ずっとついてきたんだね。わしが、あっというまに、どんなものにでもばけられることがわかっただろう。どうだね、もうすこし、ついてくるかね。そうすれば、きみたちがびっくりするような、おもしろいものを見せてあげるよ。」
井上君とノロちゃんは、顔を見あわせました。もう、あたりが暗くなっているのに、こんなきみの悪いやつに、ついていっていいのかしらと、思ったからです。
しかし、じぶんたちが、名探偵明智先生の弟子の少年探偵団員であることを思いだすと、きみが悪ければ悪いほど、なお、尾行をつづけなければならないようにも感じられるのです。
勇気のある井上君は、やっぱり、この男の正体をつきとめるまで、尾行する決心をしました。
「うん、ぼくたち、あとからついていくよ。でも、おじさんは、どこまでいくの?」
「ついそこだよ。もう十分もかかりゃしないよ。」
トラは、前足で向こうの方をさししめしながら、やさしいネコなで声でいいました。
そこで井上君は、しりごみするノロちゃんの手をひっぱって、自動車のあとをつけることにしました。
いよいよ、心配になってきました。これから、いったい、どんなことがおこるのでしょうか。