名探偵の勝利
魔法博士は、思いもよらぬ明智探偵の出現に、すっかりどぎもをぬかれていましたが、さすがはくせもの、まだ、まいってしまったわけではありません。やがて、気をとりなおすと、恐ろしい歯車の音をたてて、笑いだしました。
「ウヘヘヘ……、明智先生、ところが、まだ安心するのは、早かろうぜ。見ろ! となりの牢屋には三人の子どもがいる。きみは、あの子どもたちが死んでもいいのかね。ウヘヘヘ……、おれが、ひとこと、さしずすれば、三人の部下の短剣が、ぐさっとささるのだ。それでもいいのかっ。」
すると、こんどは、明智探偵のほうが、魔法博士におとらぬ、笑い声をたてました。
「ワハハハ……、きみは、なんという頭のにぶい男だ。まだ、さっしがつかないのか。それじゃあ、見せてやる。おい、きみたち、前へ出てきたまえ。」
すると、むらがる警官隊が、さっと道をひらき、そのうしろにかくれていた三人の少年が、ニコニコして出てきました。小林、井上、野呂の三人です。
「どうだ、わかったか。きみの部下が短剣をつきつけている少年たちは、みんなかえだまだよ。井上、野呂のふたりは、きみが見つけだして、グーテンベルクの聖書を盗むときにつかった、あのかえだま少年だ。それを、べつの部屋にかくしておいたのを、ぼくが、牢屋にはいっているほんものの二少年と、すりかえたのだ。
さっき、ぼくはにせの明智といっしょに、ひとりの少年を、このうちに、ひきいれたといった。それは小林君によくにた、かえだま少年だったのだ。いま牢屋の中にいるのは、そのかえだまのほうだよ。だから、ここにあらわれた三人のほうが、みんなほんものなのだ。じぶんでもかえだまを使うくせに、ぼくのほうのかえだまに気がつかないとは、きみもうかつな男だねえ。ワハハハ……。」
魔法博士は、もう、グウのねも出ません。死にものぐるいになって、きょろきょろと、あたりを見まわしていましたが、「ちくしょうっ!」と叫ぶと、いきなり、向こうへかけだしました。
「待てっ! きみはさいごの手段として、火薬の樽に火をつけて、地底の国を爆破するつもりだろう。だが、そんなものを見のがすぼくではない。あの火薬は水びたしにして、使えないようにしてある。むだなあがきはしないがいい。」
「うぬっ!」
魔法博士は、歯ぎしりをして、くやしがり、こんどは、別の道へかけだそうとしました。
「だめだっ、そっちもだめだよ。きみはゾウをはなって、ぼくらを、ふみ殺させようというのだろう。それもちゃんと手配がしてある。あのゾウは、警官と、警察からつれてきたゾウ使いに、番をさせてある。きみなんかを、近よらせるものじゃない。」
それをきくと、かけだしていた魔法博士が、はっとして、立ちどまってしまいました。明智は、いっそう声をはげまして、さいごのとどめをさしました。
「魔法博士! きみが何者だか、ぼくが知らないとでも思っているのか。ぼくに、これほどのうらみをもっているやつは、ほかにはない。きみは、二十面相だっ! それとも四十面相と呼んだほうがいいのか。きみはなんどつかまえても、うまく刑務所をぬけ出して、しょうこりもなく、ぼくに復讐をくわだてる、執念ぶかい悪魔だっ! しかし、もう運のつきだっ! おとなしく、つかまるがいい。」
正体をあばかれた魔法博士の二十面相は、ぎょっとして、立ちすくみましたが、そんなことで、かぶとをぬぐやつではありません。
いきなり、こんどはまた、別のほうへかけだしました。警官たちは、「それっ」と、あとを追い、二十面相の黄金怪人にくみつきましたが、相手は死にものぐるいの悪魔です。恐ろしい力で、これを、ふりほどき、つきとばし、悪鬼のようにあれまわって、岩の廊下を、奥へ、奥へと走っていきます。ピカピカ光る金色のかたまりが、岩かどにぶっつかり、ころがったかとおもうと、すぐ立ちあがって、めったむしょうに走るのです。
バーン、バーンと、警官たちのピストルが鳴りひびきます。しかし、むろん、ねらいははずしているのです。そのたまが岩のてんじょうにあたってパッと火ばなを散らし、岩がくだけ落ちます。二十面相の黄金怪人は、そんなことに驚くものではありません。まるでピストルの音に、はげまされでもしたように、いっそう足をはやめて、走るのです。
岩かどを、いくつもまがって、たどりついたのは、あの胎内くぐりの巨大な胃袋の前でした。二十面相は、いきなり、その胃袋の中へもぐっていきます。
胃袋から食道、巨大なちょうちんのような心臓のわきを通ってのどに出ると、ぐにゃぐにゃした大きな舌の上をはって、巨人の口へ……。
一つ一つの歯が、ランドセルほどもある、あの大きな口をはいだすために、下の前歯を乗りこそうとしたときです。二十面相の金いろの顔のなかから、「ギャーッ」という、なんともいえない恐ろしい悲鳴が、ほとばしりました。
巨人の歯がぎゅっと、かみあわされたのです。そして、二十面相のからだが、そのあいだにはさまれて、おしつぶされそうになったのです。機械じかけでしめつけられるので、とても抜けだすことはできません。二十面相の黄金怪人は、ただ手足をばたばたやって、死にものぐるいに、もがくばかりです。
明智探偵は、この巨人の胎内くぐりの機械じかけを、じゅうぶん研究しておいたのです。そして、二十面相がその中へ逃げこんだのを見ると、ちょうど歯のあいだから、はいだすときを見はからって、うしろのほうにあるスイッチをおし、がくっと歯をかみあわせるようにしたのです。
それから、巨人の顔の前にまわった警官たちが、歯にはさまれて、もがいている黄金怪人を、なんのくもなく、しばりあげてしまいました。これが二十面相のさいごでした。こんどこそ、厳重な牢屋に入れられ、ふたたび日のめを見ることができなくなることでしょう。
こうして、名探偵明智小五郎と小林少年の、かがやかしい手柄ばなしが、またひとつ加えられたのでした。