ロウ人形
部下は、このふしぎな事件を、すぐに首領の魔法博士のところへ、知らせにいきました。
魔法博士は、奥まったところにある、りっぱな寝室で寝ていました。部下がはいっていきますと、絹のカーテンでかこまれた、大きな寝台の中から、「だれだ?」という声がして、カーテンの合わせめがひらき、そこから、金色にキラキラ光るきみの悪い顔が、ニュッとのぞきました。
それが魔法博士なのです。魔法博士は黒ビロードのガウンをきて、黄金の仮面をつけて寝ているのです。それは、黄金怪人にばけるときにかぶる、あの仮面とはちがって、顔の前だけをかくす、ふつうのお面ですが、それが金色をした黄金仮面なのでした。
「ああ、きみか。いまごろ、なんの用事だ?」
黄金仮面の三日月がたの口から、魔法博士の声が、とがめるようにもれてきました。
「なんだか、へんなやつが、わたしの窓の外をうろうろしていたのです。追っかけましたが、つかまりません。どっかへ消えてしまいました。まっ黒なばけもののようなやつでした。」
「そうか。そういう怪物が、やってくるだろうと思っていた。きみ、そいつが、何者だか知っているかね。」
「わかりません。先生は、ごぞんじなんですか。」
部下は魔法博士のことを、先生とよんでいます。
「明智探偵だよ。わしが少年探偵団のバッジで、おびきよせたのだ。やっこさん、とうとう、やってきたな。だが、消えてしまったというのは、いったい、どうしたわけだ。くわしく話してみたまえ。」
そこで部下は、窓からとびだして、怪物を追っかけ、建物をひとまわりしたことを、くわしく報告しました。
「ばかめっ!」魔法博士は恐ろしい声で、どなりつけました。
「きみは、うまく、いっぱいくったのだ。明智は、きみがあけておいた窓から、先まわりをして、とびこんだにちがいない。あいつはすばしっこいやつだからな。すぐに、みんなを集めて、家の中をさがしなさい。あいつはきっと、どっかにかくれている。」
魔法博士にしかりつけられた部下は驚いて、部屋をとびだしていきました。二十人ほどの部下が、建物のあちこちに寝室をもっています。それを全部おこして、深夜の捜索がはじまったのです。
魔法博士のすみかは、地上の建物だけではなくて、広い地下室があります。岩でできた廊下が、迷路のようにつづいて、その中にインド魔術をやってみせたあの大きな洞窟や、ゾウが消えた大きな部屋や、小林君たちが通った巨大な人間の胎内くぐりや、いろいろな地底のしかけがあるのです。また、出入り口も、赤レンガの建物だけでなく、小林君たちのもぐりこんだ原っぱの穴があります。
そういう広いふくざつな、場所をさがすのですから、たいへんです。二十人の部下が手わけをして、大きな手さげ電灯をてらしながら、あけがたまでかかって、すみからすみまでしらべましたが、黒い怪物は、どこにもいません。どうしても、みつけだすことができないのでした。
とうとう、夜があけてしまったので、捜索はいちおう、うちきることにしましたが、魔法博士は、明智がしのびこんだと信じていましたので、すみかの中ばかりに気をとられ、外のことが、おるすになっていました。
それが、明智の思うつぼでした、[#「思うつぼでした、」はママ]明智は魔法つかいのようなふしぎな方法で、身をかくしながら、そのつぎの晩には、またふたりの黒い怪物を、博士のやしきの中へひきいれたのです。こんどは邸内に明智がいるのですから、しのびこむのは、わけがありません。真夜中に、明智のひらいてくれた窓から、そっとはいりこんで、どこかへ、姿をかくしました。ふたりとも、頭から黒いきれをかぶった、おばけのような人間でしたが、ひとりは、明智と同じくらいの大きさ、ひとりは、子どものように小さい姿でした。
さてさいしょ、黒い怪物がしのびこんでから、二日目の真夜中のことでした。魔法博士は、黄金仮面をつけ、黒ビロードのガウンをきて、絹のカーテンにかこまれた寝台に寝ていましたが、ふと、物のうごめくけはいを感じて、目をひらきました。すると目の前にさがっている絹のカーテンの合わせめがひらいて、そこから、美しい西洋人の女の顔が、のぞきこんでいました。
魔法博士は、それを見ると、おもわず、ぞっとしました。
その顔は、美しいけれども、死人の顔のように動かなかったからです。それはロウでできた人形の顔だったからです。
魔法博士の人造人間の部屋には、たくさんのロボットや、ロウ人形がおいてありました。それらの人形どもは、みんな機械じかけで動くようになっていました。このお話のはじめのほうで、井上少年とノロちゃんがいれられた部屋は、壁にいっぱい人造人間の絵がかいてありました。そして、男のロウ人形がでてきて、ふたりを黄金怪人のところへ案内しました。いま魔法博士の寝室にあらわれたのも、そういう人形のひとつだったのです。
しかし、その自動人形が、どうして、いまごろ、ここへやってきたのでしょう。人形がじぶんの力で、かってに歩いてきたのでしょうか。
あいては人形ですから、しかりつけるわけにもいきません。魔法博士は、だまって、人形の顔を見つめているばかりです。
すると、美しい女の口から、しわがれた男の声が、かすかにもれてきました。
「魔法博士! きみの運命も、もうおしまいだよ。いまに恐ろしい破滅がくるぞ。」
ロウ人形がものをいったのです。目も口も、すこしも動かないで、声だけがもれてくるのです。
自動人形のことですから、ものをいうしかけがありましたが、それはきまったことばだけで、こんなかってなことが、いえるはずはありません。
人形にたましいがこもって、生きた人間にかわってしまったのでしょうか。
魔法博士は、ぎょっとして、身がまえをしました。
「きさま、何者だっ!」
おもわず、どなりつけますと、人形は美しいロウの顔をすこしも動かさないで、奇妙な笑い声をたてました。
「エヘヘヘ……、わたしは、人形だよ。きみの作ったロウ人形だよ。」
「うそをいえ! わしは、そんな、かってな口をきく人形を作ったおぼえはない。さては、きさまは……。」
魔法博士は、いきなり、人形にとびかかろうとしました。すると、人形の手が、カーテンの合わせめから、ヌーッと、出てきたかとおもうと、恐ろしい力で、博士の胸を、ぐんと、つきとばしたのです。
ふいをつかれて、博士はベッドの上にたおれました。するとぱっと、カーテンがとじて、人の走る足音が、向こうの方へ遠ざかっていきました。そして、パタンと、ドアのしまる音。
魔法博士は、やっとおきあがって、カーテンの外へ、とびだしましたが、もう、部屋の中には、だれもいません。人形は、いちはやく、逃げさってしまったのです。