朝になって、その辺一帯を受持っている、道路掃除の人夫が、遙か頭の上の、断崖のてっぺんにブランブラン揺れている縊死者を発見して、大騒ぎになりました。
彼が何故自殺をしたのか、結局分らないままに終りました。色々調べて見ても、別段事業が思わしくなかった訳でも、借金に悩まされていた訳でもなく、独身者のこと故、家庭的な煩悶があったというでもなく、そうかといって、痴情の自殺、例えば失恋という様なことでもなかったのです。
『魔がさしたんだ、どうも、最初来た時から、妙に沈み勝ちな、変な男だと思った』
人々はそんな風にかたづけてしまいました。一度はそれで済んでしまったのです。ところが、間もなく、その同じ部屋に、次の借手がつき、その人は寝泊りしていた訳ではありませんが、ある晩徹夜の調べものをするのだといって、その部屋にとじこもっていたかと思うと、翌朝は、又ブランコ騒ぎです。全く同じ方法で、首を縊って自殺をとげたのです。
やっぱり、原因は少しも分りませんでした。今度の縊死者は、香料ブローカーと違って、極く快活な人物で、その陰気な部屋を選んだのも、ただ室料が低廉だからという単純な理由からでした。
恐怖の谷に開いた、呪いの窓。その部屋へ入ると、何の理由もなく、ひとりでに死に度くなって来るのだ。という怪談めいた噂が、ヒソヒソと囁かれました。
三度目の犠牲者は、普通の部屋借り人ではありませんでした。そのビルディングの事務員に、一人の豪傑がいて、俺が一つためして見ると云い出したのです。化物屋敷を探険でもする様な、意気込みだったのです」
青年が、そこまで話し続けた時、私は少々彼の物語に退屈を感じて、口をはさんだ。
「で、その豪傑も同じ様に首を縊ったのですか」
青年は一寸驚いた様に、私の顔を見たが、
「そうです」
と不快らしく答えた。
「一人が首を縊ると、同じ場所で、何人も何人も首を縊る。つまりそれが、模倣の本能の恐ろしさだということになるのですか」
「アア、それで、あなたは退屈なすったのですね。違います。違います。そんなつまらないお話ではないのです」
青年はホッとした様子で、私の思い違いを訂正した。
「魔の踏切りで、いつも人死があるという様な、あの種類の、ありふれたお話ではないのです」
「失敬しました。どうか先をお話し下さい」
私は慇勲に、私の誤解を詫びた。