難破船
道具といっては、ジャック・ナイフ一挺なのですから、その苦労は一通りではありませんでしたが、でもまる一日かかって、やっと、オールのような形をした木切を二本造ることが出来ました。
そして、いよいよボートを海に浮かべ、沈没船にむかってこぎ出したのは、三人が島に流れついた翌々日の朝のことでした。その間、少年達は一日に何度も椰子の実をもいで、うえをしのぎ、真昼のあついさなかと、夜なかには、洞窟のかたい岩の上に、ゴロリと横になって眠ったのです。猛獣におそわれては大へんだというので、洞穴の入口には、森から切って来た木で垣のようなものを造って、戸のかわりにしました。
そのまる二日間には、いろいろ恐しいことや、おかしいことがあったのですが、それを一々書いていては、かんじんのお話がおくれますので、残念ながら、それらの出来事ははぶくことにします。
さて、三少年は、朝の海の静かな時をえらんで、ボートを海に浮かべ、妙なかっこうの手製のオールをあやつって、断崖の下の難破船に近づいて行きました。
近づいて見ますと、それは案外大きな帆前船で、その舳先の方が三分の一ほど、斜にニューッと海面からつき出して、奇妙な三角形の塔のように、空にそびえているのです。
そのへんは岩の多い波のあらい場所ですが、今はまったく波がなく、ズーッと底の方まで見すかせる美しい青い水が、気味の悪いほどしずまり返っています。
「オーイ……」
一郎君が、ボートの中から、大きな声をはりあげて、沈没船に呼びかけてみました。その船の中に、誰か生き残っているのではないかと思ったからです。しかし、二三度呼んで、しばらく待ってみても、何の答もありません。
波もなく、風もなく、シーンとしずまり返った海面に、雲一つない青空を背景に、大昔の建物ででもあるように、ところどころこわれた三角がたの舳先が、ニューッとそびえているありさまは、何だかこわいようです。
「誰もいないのだろうか」
「みんな死んでしまったのかも知れないね」
「気味がわるいね」
三人はヒソヒソとささやきかわして、顔を見合わせていましたが、いつまでもそうしているわけにも行きませんので、思いきって、船の中をしらべてみることにしました。
そこで、ボートを難破船につけて、急な坂道のようにかたむいている甲板の上へ、一人ずつはいのぼって行きました。甲板は嵐のためにひどくあらされて、船内へ下る昇降口のふたなども、どこかへふっ飛んでしまっていて、穴蔵のような口がポッカリ開いているのです。
三人は気味のわるいのをがまんして、その昇降口の急な梯子を、暗い船内へとおりて行きました。そして今にも恐しい人間の死骸にぶつかるのではないかと、ビクビクしながら、廊下のようなところや、小さな船室などを、次々と見てまわりました。床が皆急な坂のようにかたむいているのですから、むろん立って歩くわけには行きません。物につかまって、這うようにして見まわったのです。
ところが、不思議なことに、もしやと思っていた人の死骸などは、どこにも見あたりません。むろん生きた人間など影も見えないのです。艫の方の水につかっている部分へは、入ることが出来ませんけれど、でも、水をすかしてのぞいて見たところでは、そちらの方にも死骸があるように思われません。
「へんだねえ。どうしたんだろう。これは何年も前に沈んだ船かしら」
一郎君が不思議そうにつぶやきました。
「そんなことはないよ。いろんな道具がまだ新しいんだから、そんなに古い沈没船じゃないよ。……ア、わかった。きっとそうだ。この船が岩にぶつかって沈んだものだから、船員はみんなボートに乗って逃げだしたんだよ。そして、そのボートがまた転覆して、一人も残らず死んでしまったのかも知れないよ」
哲雄君がもっともらしい意見を持ち出しました。なるほど、その外にはちょっと考え方がないわけです。
すると、その時、むこうの部屋の中から、チャメの保君が、大きな声で叫んでいるのが聞えて来ました。
「オーイ、すばらしいもの見つけたよ。早く来てごらん。早く、早く」
こちらの二人は何事かとびっくりして、いそいでその部屋の中へ入って行きますと、そこはこの船の料理場らしく、壁に色々な形の鍋がかけてあって、流し台のようなものもあり、大きな戸棚の中には、茶碗や皿やコップなどが、こなごなに割れてかたまっています。保君はその戸棚の横の四角な木の箱のふたを取って、中をのぞきこんでいるのです。
「ここだよ、ここだよ。ごらん、お米が一ぱいあるんだ。それから、そっちの袋の中には、メリケン粉がどっさり入っているんだよ。僕たちの食糧が見つかったんだ」
二人は思わずかけよって、箱の中のお米を両手ですくって見ました。すこしも水にぬれていない、サラサラとした真白なお米です。
「ワー、すてき。おいしそうだね」
あまい椰子の実ばかりで、もうあきあきしていた少年達は、久しぶりのお米を見て、どんなにうれしかったことでしょう。
それに勢を得た三人は、それから船の水につかっていない部分を、くまなく探しまわって、島の生活に必要ないろいろな品物を見つけ出しました。
そして、それらのたくさんの品物をすっかり整理して、さし当って必要なものだけをボートにつんで、ひとまず元の海岸へ引上げることにしたのですが、そのボートにつんだ品々を表にして見ますと次のようなものです。
○白米一箱(二十キロ余)○メリケン粉一袋○ブドウ酒二瓶○鹽の入った大きな壺一個○砂糖壺一個○ソース一瓶○鉄の鍋大小二個○ふちのかけた茶碗やコップなど数個○フォーク、ナイフ、さじなど数挺○航海日誌の大きな帳簿一冊○ペン、鉛筆数本○青と赤のインキ壺各一個○置時計一個○双眼鏡一個○磁石一個○バケツ二個○料理用の大ナイフ二個○蝋燭数挺○猟銃一挺○ピストル一挺○それらの弾丸数十発○魚釣りの道具一揃○白麻のテーブル掛やシーツ数枚○麻紐と麻縄各一まき○裁縫用の糸と針。
そのほかに細かいものがまだ色々あったのですが、そんなには書ききれません。
料理場には、パンや肉類や野菜、果物なども残っていましたが、それらは皆くさったり、かびが生えたりしていて、役には立ちませんでした。
この難破船はやはり支那人の船でした。舳先に刻んである船名も、むずかしい漢字でしたし、船室にあった本や航海日誌や、残っている着物などによって、船員が支那人であったことがわかりました。でも、三少年がかどわかされた、あの海賊船ではありません。海賊船が沈没したのだと気味がよいのですが、そう何もかもうまいぐあいにはいきません。
それにしても、少年達はなんという大きなえものを手に入れることが出来たのでしょう。
つい朝の間の一仕事で、家財道具から食糧までが、すっかりそろってしまったのです。無一物の貧乏人が、にわかに大金持になったようなものです。三少年は、まるで鬼が島から、がいせんする桃太郎のような気持になって、元気よく校歌を合唱しながら、それらの品々をつみこんだボートを、その砂浜へこぎもどすのでした。