序
この物語は、大東亜戦争勃発以前、昭和十五年度に執筆したものであるが、当時既に我々の南方諸島への関心は日に日に高まりつつあったので、その心持が、物語の舞台を南洋に選ばせたものであろう。又当時は対米貿易の行われている頃で、短時日に出来るだけ多くの物資をかの国から輸入しておかなければならぬ事情にあり、政府は貿易尻決済の金の獲得に百方苦慮していたのであるが、その事が日本少年による黄金境発見の空想となって、ここに反映したものであろう。しかしながら、この物語の主眼は寧ろ前半の、三少年の海洋と孤島に於ける冐険生活にある。次々と襲い来る艱難を、少年の智慧と工夫によって一つ一つ克服して行く、百折不倒の精神にある。そういう点で、この物語がいくらかでも年少読者の精神を鼓舞するの資たるを得ば、作者の幸これに過ぎぬものである。
昭和十七年六月
江戸川乱歩
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