火と水
それから三十分ほどのちには、難破船から持ちかえった品々が、洞窟のお家の中に、手ぎわよくならべられていました。
「すてきだねえ、いよいよここは僕らのお家になったねえ、武器もあるし、僕たちの記録を書きとめておく紙やペンもあるし、寝る時のシーツも出来たし、食糧はどっさりあるし、その上に魚釣やお裁縫の道具までそろったんだからねえ。これでもう何も心配することはないよ」
一郎君がその品物を見まわしてうれしそうに言いました。
「そうだねえ。僕たちはいよいよ島の王様だねえ」
保君も小おどりしながら答えました。ところが、哲雄君だけは、何だか困ったような顔をして、
「だが、僕はたった一つ残念なことがあるんだよ」
というのです。
「エ、どうしたの? 何が残念なの?」
保君が哲雄君の顔をのぞきこむようにしてたずねます。
「マッチが手に入らなかったことさ。君たちも知っているとおり、あの料理場にあったマッチは皆、波にぬれて役に立たなくなっていただろう。だから僕は、ほかの部屋をずいぶん探したんだけれど、どこにもマッチはなかったのさ」
「ア、そうだね。マッチがないのは残念だね。僕たちは又毎晩、まっくらな中でくらさなければならないんだね」
一郎君も困ったように腕ぐみをしました。
少年達は、猛獣を防ぐのには、焚火をするのが一ばんいいということを、少年雑誌で読んで、よく知っていました。ですから、きのうはオールをつくるかたわら、いくどもそのことを話しあい、やはり少年雑誌に教えられた智恵で、野蛮人が火をつくるやり方をまねて見たくらいです。
それはかたい木の棒の先をけずって、するどくとがらせ、木の板の上にあてて、錐をもむように早くまわしますと、木と木との摩擦で熱が起って、そのそばへよくかわいた枯草などをおけば、それが燃えて、火が出来るのです。
少年達はいくども、そういう木の棒をつくって、みんなの手の平が痛くなるほどやって見ましたが、どうしてもうまくいきません。木の板と棒の先が熱くはなりますが、力がたりないせいか、なかなか火は燃えないのです。火をつくるのには、何か特別の木でなくてはいけないのかも知れません。又火を燃えつかせる枯草も、よほど燃えやすいものでないとだめなのかも知れません。少年達は、何度やっても火が燃えないので、とうとうそのやり方をあきらめてしまったのでした。
そういうわけですから、こんなに色々なものが手に入ったのに、マッチだけがないのは、三人にとって実に残念なことでした。中にも考えぶかい哲雄君は、誰よりもそれを残念がっていました。
「クヨクヨしたってしかたがないよ。そんなことより、早くごはんを食べようじゃないか。白いお米のごはん、おいしいだろうな。……君たちだって、おなかがすいているんだろう」
無邪気な保君は、もうがまんが出来ないという調子で、さいそくしました。いつかは、海賊船からバナナやビスケットを持出した保君です。食べることにかけては、人一倍熱心なのです。
「またター公の食いしんぼうがはじまった。君、そんなこといったって、お米をどうして焚くんだい。火がなけりゃ、ごはんは出来ないじゃないか」
一郎君がたしなめるようにいいますと、保君はハッと気づいて、頭をかきました。
「ア、そうだっけ。困ったなあ。オイ、哲雄君、君の智恵で考えておくれよ。火がなくってごはんのたける法か、それとも、マッチがなくて火の燃える法でもいいや」
「ウン、僕もそれを考えているんだよ」
哲雄君は保君のじょうだんに、まじめな顔で答えました。そして、又言葉をつづけて、
「だが、まだたりないものがある。火だけじゃだめだよ。水がなけりゃごはんは焚けやしない」
「ア、そうだ。水もないんだねえ」
保君は又頭へ手をやって、目の前一ぱいにひろがっている海の水を、うらめしそうにながめました。
そういえば三人とも、きのうあたりから、がまんが出来ないほどのどがかわいていたのです。椰子の実もはじめはおいしかったのですが、そればかりでは口の中が甘くなってしまって、味のない水が飲みたくてしかたがなかったのです。難破船の料理部屋には、大きな水槽があったのですが、底がやぶれて、中の水はみな流れ出してしまっていました。
「アア水が飲みたいなあ」
無邪気な保君は、何でも思ったことを、そのまま口に出します。
ほかの二人も、それを聞くと、にわかにのどがかわいているのを感じました。そして、あの水道や井戸の中にいくらでもある、すこしのねうちもないような水が、どんなに貴いものかということが、ハッキリわかったような気がしました。今の三人には、どんなごちそうでも、果物でも、お菓子でも、あのすきとおったつめたい水ほどおいしくはないように思われました。
「水でも火でも、僕たち日本にいる時は、なんでもないように思っていたけれど、ほんとうに大切なものなんだね」
一郎君が感じ入ったようにつぶやきました。
「ウン、そうだね。もし僕がお金持だったら、今コップに一ぱいの水をくれれば、一万円だって出すよ。マッチだってそうだ。一本のマッチが一万円したってやすいもんだよ」
保君がまじめな顔でいいました。
少年達は、まるでただのように思っていた水や火が、人間にとってどんなに大切なものだかということを、今こそつくづくと、身にしみて感じたのでした。
「でも、水の方は探せばきっとあるよ。あんな高い山や森があるんだから、川が流れていないわけはないよ。もっとよく森の奥を探せば、きっと川か泉があるにちがいないよ」
哲雄君がいいますと、保君はすぐそれを引きとって、にわかに元気な声を出しました。
「そうだ。もっと探せばいいんだ。じゃ、僕たち今から川を探しに行こうよ。あの銃を持ってね。猛獣に出くわすと大へんだから。……一郎君、君はよくお父さんの銃猟について行っていたから、銃のうちかた知ってるだろう」
「ウン、知ってるよ。銃を持って行こう」
「それじゃ、君たち二人で行って来たまえ。僕はその間に、火をこしらえておくよ」
哲雄君が意外なことをいい出しました。
「エ、火を? 君何か考えがあるのかい」
「ウン、ちょっと思いついたことがあるんだ。きっと君たちが帰るまでに、火を燃やして見せるよ」
哲雄君は自信ありげに、ニッコリ笑って答えました。
そこで、一郎君と保君は犬のポパイをつれて、森の奥へ川を探しに出かけることになったのですが、うまく川が見つかるでしょうか。いや、それよりも、哲雄君はいったいどんな方法で火を燃やすつもりなのでしょう。「マッチがなくて、火を燃やす法」なんて、そんな魔法のようなことが、ほんとうに出来るのでしょうか。