三原は警視庁にかえると、助役から書いてもらった時刻表をしばらく眺めていたが、机の引出しから便箋をとり出し、その裏に鉛筆で、表みたいに書いてみた。
なるほど、こうして書いてみると、よくわかった。十三番線の一七〇三電車が、十七時五十七分に発車して、つぎの一八〇一電車が十八時一分に到着する間隙の四分間だけが、なんら、間に邪魔物がなく、《あさかぜ》が見通しできるのである。
すると、《あさかぜ》に乗りこんでいる佐山とお時をみた目撃者は、偶然に、この四分間のうち十三番ホームに立って見ていたことになる。
三原は、その目撃者の証言が非常に重大なのに、このとき気づいた。なぜかというと、「佐山とお時とが、仲むつまじく特急《あさかぜ》に乗った」という言葉が、この二人の情死説を裏づける、ほとんど唯一の証言となっているからだ。
二人が、それほどの関係だったと立証する客観的なものは、そのほかなんにも表面的になかった。佐山にも、お時にも、それぞれかくれた愛人があるらしいという聞きこみはあったが、判然と眼前に見たのは、偶然、この四分間に、十三番ホームにたたずんでいた、目撃者だけであった。
(よくも、偶然、その時間にそこにいたものだ)
と三原は思ったが、そう思いながらもそれから発展した別な考えが頭の中をひらめいて光った。
(この偶然は、まったくの偶然だろうか?)
偶然を疑いだしたら、きりがない。しかし四分間という枠の中の偶然が、三原にもっと複雑なものを感じさせた。
彼は目撃者を思いだした。「小雪」の女中二人と、そこに来る客であった。その客が鎌倉に行くというので、女中二人が十三番線のホームに見送りに行って、《あさかぜ》に乗る佐山とお時の姿を見たのだ。それは三原が福岡に出張する前に、その女中の一人、八重子という女から聞いて知っている。そのときは、なんにも考えずに聞いてしまったが、これはもう一度、念を入れて聞きなおさねばならないな、と思った。
朝の遅い料理屋のことを考えて、三原が赤坂の「小雪」に行くと、八重子は掃除している最中とかで、モンペ姿であらわれた。
「あら、こんな変な恰好をして」
と、八重子は赤い顔をした。
「このあいだは、どうもありがとう」
と三原は言った。
「ところで、このあいだの話だがね、ほら、あんたともう一人の女中さんとが、お客さんを東京駅に送って、佐山君とお時さんを見かけたことですよ」
「ええ」
八重子はうなずいた。
「あのときは、つい、うっかりして聞き忘れたかもしれないが、そのお客さんの名前はなんというの?」
八重子は、じっと三原の顔を見た。
「いや、心配しなくてもいいんだよ。べつに、そのお客に迷惑をかけるわけではないのだから。ただ参考のために聞いておきたいのさ」
三原は、八重子の気持を察して言った。料理屋にとっては、なじみ客は大事だから、八重子の気づかいはわかる。
「安田辰郎さんとおっしゃいます」
八重子は低い声になって言った。
「安田辰郎さんね? ふむ。どういう職業の人?」
「日本橋の方で、機械工具商を手びろくやっていらっしゃるとうかがいました」
「なるほど。もう、この店には古いなじみ客かね?」
「三四年前からです。たいていお座敷はお時さんが係をうけもっていました」
「それで、お時さんをよく知っていたわけだな。ちょっときくけれど、ホームからお時さんを最初に見つけたのは誰?」
「安田さんです。安田さんが、あれはお時さんじゃないか、と言って指さして、私ととみちゃんに教えたのです」
「安田さんがね、ほほう」
三原は言って、あとを黙った。それは、つぎの質問を考えているようでもあり、別なことを考えているようでもあった。