「ふうん、なるほどねえ……」
長い時間をかけて深町一夫が、いままでの和子の身に起こったことを全部話し終わると、福島先生は大きなため息をついて考えこんでしまった。
和子は福島先生のようすを、じっと、すがりつくような目でながめながら、いても立ってもいられない気持ちだった。
――信じてください! 先生! 先生に信じてもらえなかったら、もうほかのだれに話してもむだなんです!――和子はそう叫びだしたとしたら、自分のその声はきっと、悲鳴にしか聞こえないだろう――と、そんなことを思っていた。
「先生! 信じていただけますか?」
たまりかねたように、浅倉吾朗が福島先生にたずねた。吾朗のその切迫したようなことばは、和子のいまの気持ちを代弁していた。
福島先生は、ゆっくりと三人の顔をながめまわして、小さくうなずいた。
「もちろん、信じょう。君たちが、そんな手のこんだじょうだんでぼくをからかうとは思えないし、芳山君の身のうえに起こったことがほんとうだということは、いまのきみたちの顔色を見ればわかるさ」
はりつめていた三人の心がふっとゆるみ、和子も、吾朗も、一夫もほっと軽いため息をついた。
――よかった! やっぱり福島先生に相談してよかったんだわ!
和子は安心のあまり、思わず泣けそうになった。
「ところで、芳山君」
福島先生は、なにかを考えつづけているように、目の前の空間をぼんやりながめながら和子にたずねた。
「君にそんなことが起こるようになってから、いや、その前からでもいいんだが、からだの調子はどうなんだね?」
「ええ、それが、いままでとちがったおかしな気分なんです。なんだか浮きあがっているような、すごく不安定な、うまくいえないんですけど……」
「うん、よろしい。それで、そんな気分はいつからはじまったんだね?」
「それはあの、土曜日の放課後の理科の実験室で、あの薬のにおいをかいだときからだと思います」
福島先生は、ばんと机をたたいた。
「おう、それならぼくもおぼえている。たしか、君はあやしい人影を見たとかいってたな」
「はい」
「待てよ。すると、四日前か……」
福島先生はノートに日づけを書きこみ、またしばらく考えこんだ。
「ねえ、先生……。こんなふしぎなことはときどき起こるんでしょうか?」
浅倉吾朗がおずおずとたずねた。
「ぼくはまだこのできごとが、自分の目の前で起こっていながら信じることができないんです。こんなことはよく起こることなんでしょうか?」
福島先生はゆっくりとうなずいた。
「むりもない。だれだってそうだろうね。ふつうの人はこんなふしぎな……つまり、自分たちの知っている科学では理解できないような事件が起こると、あわててしまってよく確かめようとせず、忘れてしまいたがる傾向があるんだよ。本能的に、こんな現象をきらいたがるんだね。浅倉君、君だってそうなんじゃないか?」
吾朗はそういわれて少しまごつき、あいまいにうなずいた。
「え、ええ、それはまあ……」
「ところがだね。科学というものは、不確かなものを確実なものにしていかなければならないためのその過程の学問なんだ。だから、科学が発展していくためには、その前の段階として、つねに不確実な、ふしぎな現象がなければならない」
福島先生は、熱心にしゃべりはじめた。目は、急に輝きだした。和子はこんな福島先生を見るのははじめてだった。一夫も吾朗も、先生の調子にのまれてかたずをのんで聞いていた。
「だから、芳山君のような事件は、もっと起こっていてもいいはずなんだ。事実、世界のあちこちでこれに似たふしぎな現象が起こっている。こういったふしぎな現象を集めて研究している人で、たとえばフランク・エドワーズという人などがいる。だが、この人は研究家というだけで科学者じゃないから、ただ起こったことをありのままに記録しているにすぎないんだが」
深町一夫がたずねた。
「すると先生なら、この芳山君の場合のようなふしぎなできごとを、どう説明されるんですか?」
「テレポーテーション(身体移動)とタイム・リープ(時間跳躍)だな」
「タイム・リープ?」
「うん、芳山君のように、はっきりした現象じゃないけど、それに似たできごとはあちこちで起こっているんだ。たとえば一八八〇年の九月二十三日、アメリカのテネシー州ガラティンの近くの農場で、ダビット・ラングという人が、奥さんとふたりの子どもとふたりの友だち――全部で五人の目の前でいきなり消えてしまったという事件がある。またアメリカの南東の海岸の沖のわりあいせまい範囲の空中で、いままでに二十機以上の飛行機がどこかへ消えてしまっている。どちらの事件も、消えた人たちはまだ発見されていないけど、これなどはタイム・リープで、遠い未来か、あるいは遠い過去へいってしまったんじゃないかといわれているんだ。また、テレポートした例としては、ある日突然東京で消えた人が、同じころにアフリカのキンバリーというところで発見されたという話もある。こんな話は、むかしからたくさんあるんだよ」