「未来人は、そんなにあっさりと、愛の告白をするの?」
和子は、ちょっと皮肉な笑いかたをした。一夫を、ひやかしてやろうとしたのである。いくら大学生だといっても、和子が年上であることに変わりはない。わたしのほうがおねえさんだ――そう思うと和子は、少しばかり気が楽になって、軽口をたたいた。
※[#挿絵画像 01_111]|挿絵《P.111》
「あなたは、年上の女の人が好きなの?」
一夫は、やっとそれに思いあたったような顔つきをして、あっさりと、こういった。
「ああ、そういえば、そうだったね」
「そういえば、ですって?」
和子は、少し腹をたてた。それじゃまるで、わたしがかれよりも、精神的にも肉体的にも、ずっと劣っているように聞こえるではないかと思い、かの女はちょっと、むっとした。
「どうせわたしは、現代人よ。つまり、あなたにとっては過去の時代の女よ。だから、精神年齢が低いのも、発育不良なのも、あたりまえでしょ?」
和子は少しふくれてみせた。だが一夫は困ったようすもみせず、かの女にいった。
「そんなことじゃないんだ。ぼくはきみを年上の女の人のような気がしないというのは……つまり……どういったらいいかな。ぼくはしばらくのあいだきみと同じ学級で勉強し、あの吾朗君などと、三人で仲よく楽しく過ごした。だから、今となっては、きみを、とても身近に感じるようになってしまっているんだ。実際に交際した時間よりも長く、ずっと前からきみを知っているような気がするんだ。だからぼくは、きっと、きみを好きになってしまったのにちがいないと思うんだよ」
和子のほおは、心ならずも赤くほてってきた。かの女はそれに気がつき、よけい、どぎまぎ[#「どぎまぎ」に傍点]した。自分がひどくうろたえていることを、かの女は知った。
――まあ! 面と向かって、こんなにはっきり好きだなんていわれたの、はじめてだわ! なんて、はっきりした子だろう! 未来の人たちって、子どもでも、こうなのかしら?
まるで少女小説ではないか――と、和子は思った。無理もなかった。小説などでは、いくらでも読んでいたものの、今までの和子の周囲では好きとかきらいとかいった感情は、すべて遊び半分のものとされていたからである。もちろんクラスの中で、だれかさんと、だれかさんがあやしい[#「あやしい」に傍点]などといううわさがとんだこともあった。しかしそれも、多くはおもしろ半分のひやかしであったり、うわさの本人を困らせるためのいやがらせであったり、またある時は、ほんとうに仲がよいのをうらやんでの、やきもち半分の中傷であったりするだけにとどまっていた。
和子だって、あの神谷真理子から、吾朗が好きなのだろうなどと、ひやかされたこともある。しかし、和子の年齢では、同じ年ごろの男の子なんて、子どもっぽくて、恋愛感情なんて、とても持てそうになかったのである。
だが今、深町一夫からこうして、冗談ぬきで気持ちをまともにうちあけられてみると、和子はがらにもなく、ただとまどい、返すことばに困って、黙ってうつむいてしまうだけであった。
「ずっと……ずっと前から?」
ぼんやりと、夢ごこちで、和子は機械的に、一夫のいったことばをくり返した。
「そうなんだよ。そんな気がするんだ」
一夫は、ほほえみを浮かべてうなずいた。
「だって、実際にいっしょにいたのは、たった一か月間だけだったんだものね」
「一か月間ですって?」
和子はおどろいて、顔をあげた。それからはげしく、かぶりを振ってみせた。
「そんなことないわ! わたし、あなたと、もっとずっと前から、おつき合いしてたじゃないの! そう……もう、二年も前から――。その前だって、わたし、あなたと話したことはなかったけど、小学校時代から知ってるわ。だって、家が近所だったんですもの!」
「そうだったね。それをいうのを、忘れていたよ」
「忘れていたって、何を?」
「ぼくがきみに――いや、ぼくと関係のあるすべての人に、ぼくに関する架空の記憶をあたえたっていうことをさ」
「架空の記憶?」
和子には、わけがわからなかった。
「そう。つまり、ぼくほ一か月ばかり前に、この時代にやってきた。やってきたのは一か月前だけど、この時代の人たちといっしょに生活するためには、それ以前からぼくがこの時代にいたってことにしなければならない。そこで架空の、ぼくに関する歴史を作って、たくさんの人にそれを記憶として、あたえたわけなんだ」
「なんですって? するとそれは、わたしだけにじゃなく、あの、浅倉吾朗君や、福島先生や、それから……それから神谷さんや……」
「そう、ぼくたちのクラスの子はもちろん、それ以外の、当然ぼくのことを知っているべき人には、ぜんぶだよ」
「どうして……どうして、そんなことができたの?」
「うん。これはね、きみが考えているほど、むずかしいことではないんだ。きみは、催眠術を知っているだろう? 人間を催眠状態にしておいて、さあ、あなたは鳥になりましたよと、暗示をあたえると、その人はほんとうに鳥になったように思う――ぼくのやったのも、あれに似たようなものさ。もちろん、その技術はぐっと進歩しているけどね。また、催眠術というものは、ひとりの人にかけるより、一度におおぜいの人にかけるほうがやさしいんだよ。だれかがかかると、連《れん》鎖《さ》反応《はんのう》で、そばにいる人が次々とかかっていく……」
和子もそのことは福島先生から聞いたことがあった。
「集《しゅう》団《だん》催眠《さいみん》効《こう》果《か》……」
「そうそう。この時代にも、そういうことばはあったんだっけね。ちょうど、それによく似たことをやったんだ。ぼくの経験では、この時代のひとは、とてもかかりやすかったよ」
――そりゃあ、あなたの時代の人にくらべりや、単純なヤバン人ですものね――。和子はまたそんな皮肉をいいたくなったが、これ以上一夫から、ひねくれた子だと思われたくなかったので、やっとロをつぐんだ。