ノブオとミキ隊員とペロの乗った宇宙船ガンマ九号は、人の頭をおかしくしてしまう星をあとにして、宇宙を飛びつづけた。しかし、目的地がきまっているのではない。原因もわからずに狂った計器によって、どことも知れぬ方角にみちびかれているのだ。
「ノブオくん、こわい……」
と、ミキ隊員に聞かれ、ノブオは首を振って答えた。
「こわくなんかありませんよ」
ほんとうのところは、ゆくてになにが待ちかまえているか、それを考えると、ときどきおそろしくなるが、女の人の前で、そんなことは言えないのだ。また、どんなことをしても、お父さんをさがさなければならない。
何日か飛びつづけると、やがて一つの惑星が見えてきた。住みよい星のようだ。
「こんどは、あの星に着陸してみましょう。気候もよさそうだし、植物もありそうです」
と、ノブオが言ったが、ミキ隊員は答えた。
「ええ、だけど注意しましょう。こういう住みよい星には住民がいるでしょうし、突然着陸したりすると、驚いて攻撃してくるのよ」
そういうものかもしれないなと、ノブオは思った。ガンマ九号は上空に浮かび、ゆっくりと高度を下げていった。攻撃されたら、すぐに逃げられるように注意したのだ。
望遠鏡でのぞいていると、道路が見えてきた。ところどころに小さな町がある。文明をもつ住民がいるようだ。だが、地上からはなんの攻撃もない。
「この星の人たちは、平和的なようですね」
と、ノブオが言うと、ミキ隊員はうなずいた。
宇宙船は、さらに高度を下げ、ある町のそばの原っぱに着陸した。
「おおい、だれかいませんか。ぼくたちは、地球という星からやってきた者です。みなさん、仲よくしましょう……」
ガンマ九号から出て、ノブオは、スピーカーを使って大声で呼びかけた。しかし、あたりはしんとしていて、なんの返事もない。住民は攻撃もしてこないが、歓迎もしてくれないようだ。それとも耳が聞こえないのだろうか。
「町へ入ってみましょう。なにが起こるかわからないから、武器を持っていくのよ」
と、ミキ隊員が言った。そのあとにつづきながら、ノブオはペロに命じた。
「だれかいたら、ほえて知らせるんだぞ」
町に近づいたが、だれも現われず、ペロもほえなかった。小さい町で、地球の町によく似ていた。道路をはさんで歩道があり、商店や住宅が並んでいた。
しかし、動くものは一つもなく、人の声はもちろん、なんの物音も、聞こえてこない。ノブオは、言った。
「うすきみ悪いところですね。住んでいる人は、どこかにかくれているのでしょうか」
どの家もきちんとしていて、見捨られた古い町という感じはしない。それなのに住民の姿が見えないのだ。
その時、ふいにペロがほえて、かけだしていった。そして、庭のある一軒の住宅のなかへと入っていった。
ふたりは、はっとなって、光線銃をにぎった。玄関に立って、あいさつをする。
「こんにちは、だれかいますか」
やはり返事がない。ドアを押すと開いた。なかへ一歩入り、ミキ隊員もノブオも、そこにあるものを見て驚いた。
テーブルがあり、その上には四人前の食事が並んでいる。しかも、できたてらしく、まだあたたかい。いいにおいもする。
だれも住んでいないらしい家に、できたてのごちそうがある。こんなことがあっていいのだろうか。ふたりはしばらく、立ち止まってぼんやりとため息をついた。
そのあいだに、ペロは机の上へ飛び上がり、皿の上の食事を食べはじめていた。ノブオは気がついて言った。
「おい、ペロ、食べちゃだめだ。毒が入っているかもしれないんだ」
なにかのワナかもしれない。ネズミとりのように、エサにつられて入ると、出られなくなってしまうということだって考えられる。
しかし、玄関のドアから外へ出ることもできた。また、料理を食べたペロはなんともない。ミキ隊員は小さな装置を出して調べたが、有害なものは、入っていなかった。
「大丈夫のようよ。勇気を出して食べてみましょうよ」
ミキ隊員とノブオは口に入れた。味はよかったが、なぞは少しもとけない。ふたりは、なぜこうなったのだろうと、原因を考えてみた。
宇宙船がおりてくるのを見て、住民たちがあわてて逃げたのだろうか。しかし、あたりのようすでは、そうとも思えない。椅子がひっくりかえってもいなければ、品物が散らかってもいないのだ。
では、どこかへかくれているのだろうか。それなら、ペロがほえてみつけるはずだ。
「マリー・セレスト号事件のようね……」
と、ミキ隊員が言った。むかしの地球で起こった奇妙な事件のことだ。この名前の船が大洋をただよっているのを発見したところ、内部は、なにもかもととのっており、故障もしていない。書きかけの日記もあり、少し前まで人がいた感じなのだが、さがしても、だれひとりみつからなかったという、なぞの事件だ。
「でも、こんな食事があるからには、それを作っただれかがいるはずです。別の町を調べに行きましょう」
ノブオが言うと、ミキ隊員が答えた。
「そうしましょう。宇宙船から小型エアカーを出して、それに乗って行きましょう」
エアカーとは、空気を下に噴射しながら走る車で、道路の上をすごい早さで進むのだ。
道路は湖のそばを通ったり、森をぬけたり、花の咲いている野原を走ったりした。
ときどき町を通りすぎるたびに、エアカーのスピードを落し「だれかいませんか」と叫んでみる。しかし、なんの返事もなく、どの町もからっぽだった。
人の姿は、まったくないのだが、どの家も掃除がゆきとどいて、水道からはちゃんと水が出る。住民たちは、どうしたのだろう。いっせいに、消えてしまったのだろうか。それとも、透明人間の町なのだろうか。
あまりのふしぎさに、ノブオはこわくなって、悲鳴をあげた。しかし、それを聞きつけて出てくる者もないのだった。
こうして、いくつもの町を通りすぎた。ノブオは、いちいち呼びかける気もしなくなった。そして、何番目かの町に近づいたとき、ペロが、突然ほえはじめた。
「また食べ物かな。ペロ、だれか人がいるというのかい」
ノブオが聞くと、そうだと答えるように、ペロはほえつづけた。
「わかった、静かにするんだ」
ふたりはエアカーを止めて、おりた。光線銃をにぎって、そっと進む。人声がする。どんなやつがいるのだろう。地球人の声のようだが、油断はできない。
声は、レストランのような店のなかから聞こえてくる。大ぜいいるようだ。ミキ隊員とノブオとは、武器をかまえてうなずきあい、飛びこんだ。しかし、なかからはなんの反撃もなかった。
そのかわり、酔っぱらいの声がした。
「おい、いい気持ちでいるところだ。おどかさないでくれ」とか「よくきた。さあ、新しくきた人たちに乾杯しよう」とか、六人ぐらいの男が、酒を飲みながら、わあわあさわいでいる。歌を歌っている者もある。
ふたりは、あまりのことに驚いた。ミキ隊員は、目を丸くして、男たちの顔をながめていたが、やがて言った。
「まあ、あなたたちだったのね。こんなところで酔っぱらったりしていて……」
ノブオは、ミキ隊員に聞いた。
「この人たちを知っているのですか。いったい、だれなんです」
そして、わけがわかった。この人たちは、ガンマ星の基地の人たちだったのだ。計器が狂うという異変の原因を調べるために、基地を出発した宇宙船。そのうちの二台が、ここで道草をくっている。そのまま連絡がないので、基地では心配しているというのに、このありさまだった。
酔っぱらいのひとりが言った。
「まあ、うるさいことなど忘れて、ミキ隊員もいっしょに飲もうよ。おいしいお酒がそろっている」
ふたりは、それをなだめながら、質問をし、少しずつ事情が、わかってきた。この星では、どの町の家も精巧な自動装置がしかけられているのだ。
よごれると、自動掃除器が現われて、きれいにしてくれる。食事の時間になると、料理がひとりでに壁から出て、机の上に並べられるのだ。
さっきの、だれもいない家にあった食事のなぞも、それではっきりした。となると、この星には地球に似た文明、しかも、かなり進んだ文明があったのだ。しかし、その住民たちは、どうなったのだろう。
前に到着した隊員たちも、みな、そのわけを知りたがった。だが、手がかりになる記録は発見できず、町の家を調べてもわからない。
そのうちに、隊員たちは、あまりいごこちがいいので、気がゆるんでしまったのだ。静かで気候がよく、働かなくていい。ちょっと、ひと休みのつもりが、もう一日、もう一日となって、酒を飲んで酔っぱらいつづけるという生活になってしまった。
おいしい食べ物も酒も、なんでも自動的に出てくるのだ。歌ったり、遊んだり、好きな時に眠ればいい。
こんな生活をつづけたので、隊員たちは、みんな頭がぼけてしまっていた。ミキ隊員とノブオとが、これだけ聞き出すのも大変だった。ノブオは、ひとりひとりに聞いてまわった。
「ぼくのお父さんの、モリ隊員のことを知りませんか。みなさんのように、ガンマ星の基地を出発したはずなんです」
しかし、知っている人はいなかった。きっと、さらに先へ進んでいったのだろう。ノブオは、お父さんに会えなくて、がっかりしたが、ほっとした気分でもあった。お父さんが、ここでだらしなく酔っぱらったりしていたら、もっとがっかりしてしまったにちがいない。
ミキ隊員とノブオは、エアカーに乗って宇宙船へ戻り、無電で、このことを報告した。基地のフジタ副所長は、あまりのことに、あきれたり、怒ったりしたが、いまさらどうしようもない。命令をミキ隊員に伝えた。
「わかった。きみたちは、そのまま先へ進んでくれ。酔っぱらっている隊員たちについては、こちらから迎えの宇宙船を出す」
「わかりました。しかし、この星から住民のいなくなった原因は、まだなぞです」
「それについては、もっと先へ進まなければわからないだろう。すぐ出発してくれ」
ミキ隊員とノブオとは、それに従った。ここで、もうしばらく休みたいが、そうしたら、ずるずると、ほかの連中と同じになってしまうだろう。任務を、忘れてはいけない。ふたりは、ガンマ九号を出発させた。