同じクラスの人気者のN君が僕によく話しかけてくれるようになったのは、僕が二年生になりたての頃だった。N君との初めての会話は「なあ、君って『ジョジョの奇妙な冒険』好きなんやんな?良かったら漫画借してくれへん?」という他愛もないものだった。それから、N君と僕は好きな漫画や音楽のことでよく話すようになった。友人の多い彼にはありふれた会話だったのかも知れない。だが学校が苦痛の毎日でしかなかった僕には、彼との会話は学校での唯一の楽しみとなった。一人でいることが減ったからか、嫌がらせを受けることも自然と少なくなっていった。
僕はN君に薄々疑念を感じていた。先生たち大人と同じように彼も、同情や哀れみで僕と接しているのではないかという疑念である。今思えば自分でもひねくれた考えだったと感じる。だが散々人に裏切られた僕に、突如出来た友人を信頼するだけの余裕はなかった。いつの日か彼もその他多数のように僕をいたぶり始めるんだろうと思っていた。そんな疑念を持ちつつも過ごしていたある日。昼休みの教室でN君と話をする新習慣にも慣れはじめたころだった。N君はクラスの女子と話しているところだったので、僕は自分の席に座り本を読んでいた。このクラスの女子というのは、僕をいじめていた主犯格だった。廊下ですれ違うたびに罵声をあびせられた。彼女が「っていうか、こいつの机とかいらなくね?」と言って、クラスの男子に僕の机を校庭に捨てさせたのを見た。そんな彼女がN君と話しているのを見ると虫唾が走った。だがN君は人気者だ。僕のようなのけ者ではなく、彼女のような多数派と仲良くするのは当り前のことだ。僕がふと視線を本から二人が会話している方に向けると、彼女はわざとらしく僕を横目で見ながら、「なあN、最近なんであんなクズと仲良くしてるん?松本菌うつって体腐るで」とクラス中に聞こえる大声で言った。教室から逃げてしまいたいみじめな気持ちになった。いっそ、筆箱に入っているハサミで今すぐ手首をさして死んでしまおうかとも考えた。N君はきっと、僕と一緒にいて悪く言われるのが嫌で、僕から距離を置いて、他のみんなと同じように僕に石を投げるに違いない、と感じた。だがN君の言葉は予想に反したものだった。N君はキョトンとした様子で、
「いや、松本とは普通に友達やけど」と言った。僕は聞いた瞬間、言葉の言味が分からなかった。普通に友達。N君は哀れみや同情で僕と仲良くしてくれていたのではなかった。純粋に僕を友達と思ってくれていた。毎日をみじめに過ごしていた、哀まれて過ごしていた僕には、その「普通」の友情が本当にうれしかった。
N君、元気にしていますか。ライブに一緒に行こうと約束したバンドは活動休止になってしまったけど、続きを貸すって言ってた漫画はついに貸せなかったけど、今度また会おうよ。約束だよ。