しかし、娘の決心は揺るがなかった。いたしかたなく、私は一つの条件を付けて結婚を許すことにした。それは、私に孫を抱かせるということであった。なんといっても相手は高齢である。女が若ければ子供ができる確率は高いとは聞いていたが、やはり不安である。もし、二人の間に子供ができなかったら、先妻の生んだ子供の権利はぐんと増す。人の命は分からないといいながら、年齢差からして当然男のほうが早く死ぬと見るのが普通だろう。その時、残された娘の立場はどうなるか。どうみても不利になることは明らかだ。私の打算からのことではあるが、ここはどうしても子供を授かってもらわなくては困る、と考えたのである。
私はそれをこんこんと娘に諭した。私の執拗さに根負けしたのであろう。
「約束する、きっと子供を生む」。
と娘は言った。
「よし、約束だぞ」。
子供は天からの授かりもの、それを約束させる私の不条理さは十分承知の上であったが、娘可愛さからのこと、これも人情というものではなかろうか。
そして、九年の歳月が流れた。私が危惧した通り、二人の間に子供はできなかった。娘は間もなく四〇、婿は還暦を迎えてしまった。もう絶望である。私と娘の約束はどうやら反故になったようだ。
しかし、それを今となっては責めようもない。二人は小さな事業だが、力を合わせて必死に働いている。仲もいい。私達との間もうまくいっている。旨いコーヒー屋を見つけたから行こうと誘いにくる。肉が入ったからとやってきて、一緒にすきやきを味わうこともある。まあ、年齢を除いては悪い婿ではない。先のことを考えれば不安が一杯だが、今はとにかく平穏無事に過ぎている。
娘は今、私との約束をどう思っているのだろうか。よもや忘れたということもなかろう。やはり負担を感じているに違いない。しかし、ここまできてしまった以上、子供の無い娘の将来がどうなるか。それは、娘夫婦が考えればいいことであって、最早私が心配することではなくなったような気がする。それに子供の無いことに一番悩んでいるのは娘自身であろう。私との約束を思い出させることは酷である。ここいらであの約束は無かったことにしてやりたいのだが、それをどう言い出したらいいのか分からなくて困っている。