それを私は支えるどころか、彼を「のろまで鈍な奴」と、ののしっていた……。
ある日、彼は、乙武洋匡(おとたけ?ひろただ)さんの『五体不満足』という本を買ってきた。
活字ばかりの本に私は彼の行動をあざ笑って見ていた。
それから十数年たった──
彼と私は逆転した。
彼は現在、「介護福祉士」として高齢の方々のお世話をさせていただいている。
かたや私といったら、「鬱(うつ)」が続き、もう12年にもなる。大学も中退してしまった。
そんなある日だった。
私は自宅で経験したことのない「痙(けい)れん」。深夜、救急車で病院に搬送された。
緊急入院だった。
あくる日の午後、やっと我に返った。
「解離(かいり)性障害」とも診断された。
この聞きなれぬ病名、そしてこの異様な雰囲気の病院に私は震えた。
一人泣いていた。
落ち込んでいた。
数日後、彼が病院にやってきた。
母とではなく、一人で見舞いに来てくれたのだった。
驚く私に、
「これ……」
彼が照れくさそうに私に渡してくれたものは、シュークリーム、それに手垢だらけの見覚えのあるあの『五体不満足』の本だった。
「ありがとう!」
「古本で悪いけど……」
彼は病室に10分もいただろうか……。
すぐに帰っていった。
初めて、この本を手にとってみた。
メッセージがはさんであった。
シャイな彼の精一杯のメッセージが伝わってきた。
不器用で鈍な彼が、どうしたら私を少しでも助けられるか精一杯考えたのでしょう──
しっかりと本を握りしめた。
また、パラパラとめくってみた。
全てといってよいほど、「ルビ」がふってあった。あたたかみを感じる。
ページをめくっていくと、コーヒーのしずくしみが目につく。下線がひいてあったり、落書きもところどころある。
その落書き、下線が私にとって気になって仕方がなかった。
たぶん、彼が何度も繰り返し、共感した文面であることは確かだろう……。
その上をなぞっていくと、「点字」のようなぬくもりさえ伝わってくる。
ある下線文に「乙武にしかできないことは何だろうか。この問いに対する答えを見つけ出し、実践していくことが、どう生きていくかという問いに対する答えになるはずだ」と記されてあった。
彼はこの文面によって自分なりに「介護福祉士」という結論を出した。
彼は不器用だったが「大器晩成」だった。実に努力家だったと思う。
さて私の答えは……まだ見つかっていない。いったい私には何ができるのだろうか……。
でもひとつ言える。
私には、心が病んでいたとしても手も足も自由に動かすことができる「五体満足」がある。
与えられたこの命を無駄にすることなく、私らしくマイペースで生きていくことかなあ。
彼は、この本を通じて、私に「生きること」「命の重み」を伝えたかったのだ。
彼のこの粋な、はからいに私は惨敗した。
あの子どもの頃の強い姉ちゃんになろう。
小さい時から俺をいつもやっつけてた強い姉ちゃん、病気なんかに負けんな!! がんばれ姉ちゃん!!