それは、遠い空から、これから遠い空へ向かおうとしいてる祖父を、嬉しく迎え入れんばかりの、ぼたん雪の降り方だった。
それは、八十八年間生きてきた祖父の、あらゆる日々、あらゆる憤り、あらゆる切なさを全て包みこんでしまわんばかりの降り方だった。
フワフワと大きく揺れながら舞うぼたん雪は、葬式に参列する人々の肩を濡らした。着物の裾を濡らした。人々の手を、足を凍らせた。
「昨日まで、いい天気だったのに。」
「じいちゃん、何が気に入らんかったんだろうか。」
「じいちゃん、まだまだ生きたかったんかも知れんなあ。」
人々のささやきが聞こえる。
祖父と親しかった坊さんの読経の声を聞きながら、私は昨日の母の言葉を思い出していた。
「由美子は今年も帰るんかな。正月ももうすぐだけんど、連絡はあったんかな。…これがじいちゃんの最後の言葉だったんよ。だから由美子が来るまでは棺桶の蓋を閉めなかったんよ。ほら、じいちゃん、由美子だよ。由美子が帰ってきたよ。由美子だよ。」
じいちゃんは顔も体も細く小さくなって静かに蒲団の中に横たわっていた。母の心づかいだろう、私が敬老の日に贈ったオレンジ色の毛布にすっぽりとくるまっていた。
山梨から岡山に嫁いで七年目の冬。十二月二十四日のことだった。母と、私のことで言葉を交わしてから、もう一度母が祖父の所に様子を見に行った時には、もう既に事切れていたという。苦しみもせず、本当に安らかな死だったという。それまで何度か風邪の為、熱に苦しめられていたのが、ようやく落ち着いた矢先のことだったと言う。
「どうして、もっと早くに連絡くれなんだん。病気なら病気と連絡さえくれたら、すぐにでも来たのに…。」
と、腹立ちまぎれに言う私に、
「岡山から山梨といったら遠いしなあ。それにこんなことになるとは思ってなかったし。」「それでも、あんたが二十五日から仕事が休みに入るから、せめて葬式に間に合うようにと、じいちゃん、持ちこたえとったんかも知れんなあ。」
と、母がぽつりと言う。
私には返す言葉がない。
昔気質の祖父だった。早く妻に先立たれて男手一つで四人の子供を育てた。気むずかしく、厳しく、やさしい祖父だった。
外に舞うぼたん雪。祖父の想い、白くして。私の想い、白くして。白く白く真綿のように染めあげて―私は心の中でそう叫んでいた。