お風呂の中に肩までひたりながら、自己流の唄をうたう。思わず、自然に私の口を突いて出てくる唄。心はあくまで温泉気分。
あまりにも気持ちがいいので軽く目を閉じる。
その日は、五月晴れの青空がどこまでも広がっていた。庭のふみ石の両側に縦一直線に並んださつきの花が満開。まるでピンクのじゅうたんの帯のようだ。
陽気にさそわれて、夫の運転で市外の大きいスーパーマーケットに行く。ここで軽い昼食をとり、夫は電気製品のコーナーに、私は衣類の売り場へと足を向けた。
自分の用事をすませ夫のそばに行った。あれから三十分以上も経過しているのに、レジの前でまだ、もたもたしている。
「きれいに包装してリボンをかけます…」
若い男性店員が夫に向かって言っていた。私のいつものいらいら虫がごそごそと、はい出したきた。
「何を買ったのか知らないが、そんな大きいもの包装なんかしなくても、大袋に入れてもらって、車の中に突っこんでおけばいい」
私は半ば投げやりな言い方をした。夫は口のなかで何やらぶつぶつ言いながらのも、私の言う通りにした。
どうせまた、夫の好きな電気製品を買ったのだろうと、腹の中で私は思いこんでいた。
さて、帰宅すると、例の荷物を大事そうにかかえ、風呂場に突進した夫は、なかなか出てこない。
耳を澄ませば、電気ドリルを使う音が聞こえる。
「いったい、何をしてるの…」
とんがった声で私は風呂のドアを、勢よく開けた。なんと、なんと浴槽の真んなかどころに、泡風呂が取り付けてあるではないか。そばの空箱に「リラックス?ジェット?バス」と明記してあった。
瞬間、私は目が覚めた-。
ああ、そうだ。明日は日曜日「母の日」だ。一年前から膝関節が悪くなり「イタイ、イタイ」を連発している私のために泡風呂を…。
包装して赤いリボンを結んでもらう筈の、夫の気持ちを、見事にくだいてしまった。私の心の目がうるるんとなり、今にも水がこぼれ落ちそうになる。
年を経て、意気投合の日ばかりもないが、ともに生きておれば、愛とはまた別の深いきずなが生まれてくるのかしら。このときばかりは相手のありがたさが素直に伝わってきた。
きまりが悪くて「ごめんなさい」とは言えないわたし。
でもねえ。毎朝、泡風呂の中で、声を張りあげてうたっている唄
が、夫の耳に届いているなら、私の満足の度合いもわかっていてくれるであろうか…。
「ああ、いい湯だなあ、ホホホン。いい湯だなあ。ほんとに、ほんとにいい湯だなあ-」