五十二年前、私はこの病院で、予定より二ヶ月早く生まれた。病院の皆さんのおかげで生きられたという話を何度も聞かされ大きくなった私には、金川病院に特別の思いがある。
解体が始まった冬のある日、病院の最後の姿を見ようと出かけた。が、近づけない。離れたところから眺めていた。そこへ、一羽の鳥が飛んできて、まだ残っている窓枠に止まった。鳥は、私に代わって最後の姿を見てあげますよ、とでも言うようにじっと病院を見ていた。
ちょうど持っていたカメラで鳥を撮った。青い背中と頭。赤い腹と細くとがったくちばし。黒いサングラスをかけたような顔をした鳥が写っていた。
調べると「イソヒヨドリ」という鳥であることがわかった。「ぴゅーるりるり ぴゅーるりるりるり」と、きれいな声で鳴くこともわかった。名前がわかると、旧知のような親しみがわいてきた。そして、病院の最後の時、しかも私がいる時に飛んで来たのは、単なる偶然でなく、五十二年前に私を守ってくれた「青い鳥」が姿を見せてくれたというような気がした。
それから一年ばかり過ぎた四月、他県で暮らす息子夫婦は、母親の職場復帰のため、一歳になる子を保育園に通わせるようになった。それまで、体調を崩すことなどなかった子なのに、熱が出た。ようやく治ったかと思うと、今度は発疹。続いて風邪。咳や鼻水がとまらない。息子は単身赴任で週末しかいない。若い母一人、どんなに大変な日を過ごしたことだろう。心配ばかりが募っていく。
それから二月ほど過ぎた頃、息子の転勤が決まった。今度は引っ越しだ。引っ越し先には保育園の空きがない。若い夫婦は、いろいろな課題を抱えたまま、引っ越しの日を迎えた。
「手伝いに行こうか」
「引っ越しは業者さんがしてくれる。かえって嫁さんが気を遣うから来んでええ」
その通りだろう。息子夫婦の新居を訪ねたのは引っ越し後、一週間ばかり経ってからだった。久しぶりに会う息子は、我が子に昼食を食べさせていた。食後はおしめを替え、着替えもさせ、昼寝の寝かしつけもした。実に立派なイクメンぶりだ。父親としての頼もしさを感じた。数々の課題も、きっと自分たちの手で解決していくだろう。心配ない。
「体を大事にね」と、息子夫婦の家を出、振り返ったそのベランダにきれいな声で鳴く鳥を見つけた。「ぴゅーるりるり ぴゅーるりるりるり」と聞こえる。「まさか」と思った。でも間違いない。イソヒヨドリだ。ただの偶然ではないような気がした。青い鳥は、私を守ってくれたように、息子たちを守っているのか。澄んだ鳴き声が、心に沁みた。
帰宅後、息子に電話した。
「ベランダにイソヒヨドリがいたよ。」
息子は「なにそれ」と笑った。