「若い先生たちが掃除のビデオを作ってくれたんですよ」と、校長先生がうれしそうに言われるので、早速見せてもらった。
そこに映し出されたのは、子どもたちが生き生きと掃除に取り組む姿。ユーモラスなテロップと軽妙なBGMによって、まるでミュージックビデオのような楽しい掃除の応援ビデオになっている。ただ真面目に掃除をしなさいと指導するよりずっと効果的だろう。
掃除と言えば、思い出すのが四十数年前のこと。
六年生の時の担任のS先生は、機嫌のいい時は気さくなお父ちゃんのようだったが、怒るととても怖い、頑固で厳しい先生だった。
漢字が読めないと将来困るのだと言って、いやになるほど漢字練習の宿題を出した。きちんと書かなければやり直しの罰がある。不平を言いながら、袖口を鉛筆で真っ黒にして機械的に漢字ノートを埋めたものだった。
S先生のクラスになると、掃除当番はローテーションで交代していくのではなく、先生が勝手に担当を決めて納得いくまで同じところを掃除させる。その場所の掃除のエキスパートにしようという計画らしい。
私は理科室担当の班になった。ラッキーだと思った。理科室は広いけれど、職員室からも遠く、先生の目も届きにくい。
何ヶ月も同じところを掃除させられたら、エキスパートになるどころか飽き飽きするに決まっている。私たちはどうやってサボるかを常に考えていた。
うっかりしていると先生が見回りにやって来て怒鳴られる。そこで、まずは机といすを隅に運び、ほうきや雑巾をそばに置いて、先生が来る気配がしたらいつでも掃除するふりができるように準備してから遊ぶことにした。
明治からの古い校舎は、歩くと床がミシミシと響いた。S先生のスリッパの足音が近づくと、いち早く気配を察して合図を送り合い、ササッと掃除の体制に切り替える。スリル満点の掃除時間だ。
ところがある日、濡れ雑巾を投げてほうきで打つという「雑巾野球」に興じていると、突然S先生が何の前ぶれもなく中庭に面した窓からぬっと顔を出した。敵はこっそり中庭から偵察に来たらしい。
そんな不意打ちに対して無防備だった私たちは、雷が落ちたみたいに一瞬固まった。
鬼の形相の先生は水の入ったバケツを理科室の真ん中に置いて、何枚もの雑巾を絞っては四方八方に投げる。私たちはそれを拾って、その場でゴシゴシと床を磨き、汚れたらバケツに戻す。バケツの水はすぐに濁り、男子は交代で何度も何度も水を替えに行かされる。
絞っては投げ、投げては絞り、ゴシゴシゴシゴシ……。S先生のスパルタ雑巾は永遠に続くかのようだった。
先生のおかげで漢字に困ることは少ないが、掃除のほうは今でもあまり好きではない。