その年の暮れに初めて実家へ帰ることにした。この時、靴下に穴が開いているのに気がつかなかった。これを母にみつかってしまった。
三日後に職場に帰ろうとした日の午前、父がどこかへ出かけた。間もなく帰ってきて、或る包みを差し出して「持って帰れ」と言う。私は「はい」と返事をして無造作にボストンに入れようとしたら、母が「開けてみればいいのに」という。開けてみたら財布だった。どんな具合かと思い開いてみたら現金二千円が入っていた。私は「何!これは?」と叫んでしまった。父は「帰りの汽車賃だ。とっておけ」と言った。そして、更に「中のお金は種銭だ。財布を誰かに買ってもらうと、お金が早くたまると言われており、種銭が入っていれば効果は更に高まると言うからな。お前も早くお金に苦労しなくて済む生活ができれば親も嬉しいのに」とも言った。
就職のため任地へ出発するときに「絶対に親を頼るな。自分一人で生きていけ」と言って戸籍を抜いてまで自立を促した父がこの言動である。これを世の人は『親ばか』と言うに違いない。しかし、これが親子の愛情・絆と言うものなのだろう。親ばかと言われるほど有り難い親はいないのじゃないかと思う。
この父もすでに亡いが、約五十年前の二千円の嬉しかったことと親の恩は忘れることができない。生まれ変わることができるならば、再び同じ父の子供になりたいものだ。